拾った彼女が叫ぶから
「は?」

 ルーファスは真剣だった。マリアの肩をつかんでじっと返事を待っている。
 マリアはその迫力に少したじろぎながらも、こくりと喉を鳴らす。
 目を逸らさずに答えた。

「私、言ったわよね? ルーファスに、『覚悟はできてる?』って」
「ええ、だから今僕は覚悟を決めたんですけど」
「私もとっくに覚悟は決めたのよ。引かないっていう覚悟。だからここまで来たんでしょう。まだ伝わってない?」
「──わかりました」

 ルーファスがにっこりと笑った。
 何か怪しい。この笑みはルーファスが良からぬことを考えているときの目だ。不穏な予感に本能的な恐怖と一抹の不安を感じて頬が引きつった。

「どうしたの一体」

 思わずぎゅっと彼の二の腕を掴む。
 だが彼はそれには答えず、頭だけをひねってエミリアに相対した。

「母上。さっきの話、気が変わりました。お引き受けいたします」
「あら、本当? 良かったわ!」

 エミリアがカップを置き、手を叩く。ルーファスがしんとした目で「ただし」と続けた。

「一つ交換条件を呑んでください。それと引き換えです」
「何かしら」

 ルーファスはふっと笑うとマリアに不意にキスをした。

「彼女は僕の婚約者です。──意味はおわかりですね?」
「……ルーファス!」

 二人のやり取りに全然ついていけないマリアはただおろおろと見守るばかりであったが、急に自分のことを持ち出されて心臓が跳ねた。

「彼女と共に、トゥーリスに移ります。彼女を、僕の王太子妃にします」
「おおおっ!」

 ──はあああああっ!?

 マリアの心の声とイアンの歓声が重なった。
 オウタイシヒって何だ。今ルーファスは何と言った?
 頭が真っ白になるというのはこのことらしい。
 せめて心のままに無礼な声をぶつけなかったことを自分で褒めたい。ってそれどころじゃない。

「あら、いいわよ。これだけ積極的なお嬢さんならきっと上手くやってくれると思うわ」
「ええ、マリアとなら僕もできそうな気がしてきました」
「じゃあ早速準備を進めましょうよ」
「奇遇ですね。僕も同じことを考えていました」
「親子だものね」
「今日初めてお会いしましたけどね」

 あははは、うふふふ、とでも言うような和やかな笑い声が飛び交うのは幻聴だろうか。
 マリアは今こそ気絶するべきときじゃないかと思い始めていた。
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