拾った彼女が叫ぶから

二人の夜

「マリア? マリア? 怒っているんですか?」
「当ったり前でしょう。何なのさっきのは! 私に一言も相談なく!」
「マリアが覚悟はできてるって言うから」
「そんな覚悟のつもりで言ったんじゃない! あんたね、変わってないじゃないの! 私は何でも言えって言ったのよ! それはね、決める前に相談しろっていう意味なの。決めてからにしないでちょうだい!」

 マリアは思わず、背にあった枕をベッド脇まで近づいてきたルーファスに投げつける。けれどそれはいとも容易く彼の胸の前にぽすんと納まった。上目遣いに睨むと、彼が小さく笑った。

 三人はそのままシュヴェルツフト城に泊まることになった。客間に案内されたのだが、なぜかマリアはルーファスと同室である。婚約者だから同室でいいのだという。トゥーリスはヴェスティリアと違い、その辺りのことには寛容らしい。ヴェスティリアでは決して許されないことである。
 ただでさえ不謹慎に思うのに、更に騙している気もして後ろめたい。

 マリアは「まだ婚約していません」と白状しようとしたのだ。空気をまったく読まないイアンも「こいつらはまだ」と言い掛けた。それを視線でねじ伏せたのは、ルーファスである。
 ──困る……!
 客間に二人きり。当然ベッドは一台しかない。大人が三人並んでもまだ余裕のある広さのものでも、一台は一台だ。
 
 まだ話のあるルーファスらより先に、マリアは客間に下がっていた。
 待つ間にこれからのことを──今夜のことも、それより先のことも──考えて、頭がパンクしそうだったのだ。彼の顔を見るなり食ってかかってしまったのは仕方のないことだと思う。

 ルーファスがベッドの端に腰を下ろす。淡い黄色のベッドリネンにさざ波のように皺が入り、わずかに軋む音が響いた。

「でもねマリア、これは最善策とも言えるんですよ。僕自身もマリアの言葉で初めて決断できたんですが」

 壁際の飾り棚に置かれた燭台から橙(だいだい)の光が溢れ、ルーファスの笑みを揺らした。その笑みの麗しさに、マリアの背がぞくりと震える。

 ──ルーファスが、トゥーリスの国王になるなんて。

 トゥーリスの東に隣接する大国ゲルンとは国境をめぐって睨み合いが続いているらしい。国境付近ではいつ両国の衝突が起きてもおかしくない状況だそうだ。政情が不安定になった責任を問う声は女王であるエミリアに向かい、その解決のためにルーファスはもう三年前からトゥーリスにと望まれていたらしい。

< 73 / 79 >

この作品をシェア

pagetop