拾った彼女が叫ぶから
「僕がトゥーリスを継ぐことには大きな意味があるんです」

 ヴェスティリアは小国であるが、鉄の原料となる鉄鉱石は世界でも有数の産出量を誇る。そしてトゥーリスは、内陸に森林地帯が広がるために製鉄に必要な木炭が豊富に得られる。
 つまり、両者を合わせれば製鉄業が飛躍的に発展する。

「そっか、鉄は武器になるから……」
「そうです。ゲルンだけではありません、他国への強烈な牽制になるんですよ」

 ルーファスが笑みを深め、マリアににじり寄った。
 実際に武器を大量生産するかどうかは関係ない。「トゥーリスの背後に、武器を供給できるヴェスティリアがついている」、そのこと自体が他国に対する脅威なのだ。

「だから両国に取って利のある話なんですよ。トゥーリスはゲルンの侵攻を防ぎたいし、内政の足場も固めたい。ヴェスティリアはトゥーリスの資源を手に入れ、産業を発展させることができる」

 またルーファスがにじり寄る。
 真っ当な話の最中なのに、ルーファスの目が熱を孕んで心臓に悪い。その目が、今度は少し剣呑に瞬く。

「それに、上手くいけば僕の即位のおまけとしてトゥーリスに良い手土産を渡せそうです」
「なにその笑い、怖い!」
「マリアは心配しなくてもいいですよ」
「心配してるんじゃないし。手土産って何よ」

 ──むしろ、何か企んでそうでお近づきになりたくない。
 さすがにそれは口にはだせずに言葉を途切らせる。ルーファスは不敵な笑みを向けるだけで、肝心の「手土産」が何か教えてくれる気配はない。だが愉しそうに見えるのは、その手土産とやらを渡したときの相手の喜ぶ顔でも想像しているからだろうか。それにしてはまったく安心できない笑顔だけど。
 ──ルーファスって、なんか……悪巧みをしているときの顔の方が生き生きしてない?

「それにしたって、急過ぎるわよ。そんなつもりで来たんじゃないのに」

 マリアにとってもこの話は喜ぶべきことだということはわかる。
 ヴェスティリアではマリアが彼と一緒になる道はないと言っても良い。王族であるルーファスとの結婚は、マリア側の「瑕疵(かし)」により認められることはないだろう。一人ひとりに目が届くわけではないにせよ、マリアのことは社交界に広く知れ渡ってしまった。初婚は処女に限るという法律は、彼女に対しては厳しく適用されるだろう。
 けれどここなら、認めてもらえる。ルーファスはわざわざ口にしないだけで、そのことも気にしてくれたのだと思う。
 頭ではわかっているのだ。そてでもまだ心が追い付かない。

「私に王妃なんて務まるかどうか……」
「大丈夫ですよ。僕も国王なんて務まる気がしません」
「ちょっと、それ励ましになってないじゃない」

 もう一つ手近な枕を投げつけるけれど、ルーファスの笑みは崩れない。どころかますます蕩けそうなものになった。さっきからじりじりと後ずさりしていたせいで、マリアの背中がヘッドボードにとんとついた。
 ルーファスの手が彼女の脇につき、もう一方の手がヘッドボードに掛けられる。
 マリアは視線を彷徨わせて顔を背けた。ルーファスの指先が彼女の髪に伸ばされる。下ろした髪を耳に掛けられ、あらわになった耳にキスをされて、その場所から一気に熱が身体中に広がった。
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