最後の男(ひと)
「逞しいだけじゃなくて、ある意味強運の持ち主だな。俺、先週まで出張だったんだよ。下手したら擦れ違いになってたかもしれないのに、おまえ、よく来たよ」

そこで漸く町屋先輩の顔が和らぐ。先輩が心配するのも無理はない。私の方も仕事の目途を付けてからチケットを取ったからスケジュールはギリギリだったし、今日の事はエアメールに書いて週初めに送ったけれど、エコノミー便だから届くのは早くてもあと2~3日は掛かる。先輩の動向は、会いに行くと決めたその日から社内で情報を張り巡らせていたけれど、さっきの出張みたいに入ってこない情報もある。

会えたはいいものの既に恋人がいる可能性だってある。私へのプロポーズめいた言葉は、女慣れした男の軽い言葉遊びだった可能性もある。そういったものをひっくるめて、本当に先輩との未来があるのか賭けに出たくて、タイミングを見たかったというのもある。

「一香」

先輩は私を呼ぶと、左手を差し出す。

「……何ですか?」

空を向いた先輩の手のひら。大きくてふっくらしていて柔らかそう。

「手だよ、手。おまえは何をしにここまで来たんだよ」

言われて、カッと耳まで熱くなる。
おずおずと、そっと手のひらを重ねれば、想像以上に大きな手のひらにすっぽり収まった。


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