最後の男(ひと)
「どこのホテルに泊まってるんだ?」

先輩が冷蔵庫から食材を出し始めたのを見て、私も腕まくりをしながら先輩の隣りに並ぶ。せめてレタスを契るぐらいのお手伝いはしたい。意図を汲んだ先輩からサラダ用のボウルを手渡されて、小さく契ったサニーレタスを放り込んでいく。先輩はその横で、コーンと大豆の水煮缶を慣れた手つきで開けていく。

「ここから徒歩圏内のところにしました。とりあえず、チェックインしてスーツケースを置いてきただけですけど」

「明日からの分キャンセルして来いよ。うちに泊まったらいい」

先輩からのありがたい申し出とはいえ、一瞬躊躇してしまう。

「せっかく来たんだし、長い時間一緒にいられるか判断もできるだろ。それとも、上手くいなかった時のことを考えて、保険を用意しておきたいのか」

先輩には、私の考えていることはお見通しらしい。
まだ恋人にもなっていないし、寝起きのすっぴんだって見せていないのに、一足飛びで、一週間同棲まがいのことをしたせいで、逆にお互いの熱が冷めてしまう事もあるかもしれない。2、3日の旅行位ならギリギリ保てる上面も、日が長引くにつれお互い我儘は当然出てくる。一念発起してここまで来たのに、だからこそ、万が一を考えて、今更ながら尻込みをしてしまう。

「そうなったらなったで、その時だろ。俺は、一香といま一緒にいられる時間を大切にしたい」

「そうですね。先輩の一週間、独占させていただきます」

「じゃあ、まずは呼び方からだな。俺のこと、名前で呼んでみ」

「えっ? さっそくですか」

「そうだよ」

「ええっ?」

そんなの無理に決まっている。だって何だかどうしようもないくらい、恥ずかしい。自分でも顔が赤くなっているのが分かるくらい、頭が沸騰している。すぐ横にいる先輩がそれに気付いていないはずがない。

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