彼は私の全てだった
瀧川はそれを読んでシュウに少し同情はしたが
相手は主婦を食い物にした悪党だ。

瀧川はその手紙を缶に戻し、

「これ、被害者と一緒に親に引き取ってもらえ。」

と後輩の刑事に渡した。

「被害者の親がこれを受け取りますかねぇ?

多分これ、この男のストーカー強姦殺人ですよ。

手首まで巻いて心中のつもりなんですかね?

男のエゴじゃないですか!」

後輩の刑事は瀧川の指示に少し疑問に感じているようだ。

「お前、これ読んでみろ。

そしたらこの2人が殺人犯と被害者とは思えなくなる。

多分被害者は自分で死を望んだんだ。

心中だよ。」

「そんなの納得出来ませんよ。

明らかに拉致されてたじゃないですか!

女の方は婚約してたんですよ?」

麻薬担当の刑事が瀧川に近づいてきて声をかけた。

「中は女へのラブレターと母親の位牌だけか?

ったくお手上げだな。

あの男が死んじまえば背後に誰が居たかなんてもう藪の中だ。

また一からやり直しだよ。」

瀧川はトランクルームを出て溜息をついた。

明らかに心中だと思ったが
ミチルの遺書などでも出ない限り
心中で処理するのは難しい状況だった。

拉致し、暴行して首を絞めた後、犯人は自殺。

今の状況証拠だけではそんな風に片付いてしまう。

しかし女には抵抗した跡は無く
彼女は幸せそうな顔でその生涯を閉じていた。

愛する女に母親と同じ死を選ばせたこの男を
瀧川は理解できない反面、
二人の女を想像できないほど深く愛してたんだろうと思った。

手紙が何よりもその愛を証明していた。

愛する者を捨て、孤独に生きていくつもりだったが
お互いの愛が深すぎて離れられなかったのだろう。

残酷だが2人の遺体は引き離され別々の場所に葬られることになるだろう。

死後硬直が進んだ2人の身体を引き離すのはなかなか大変な作業だったと聞かされた。

「被害者の両親が来ました。」

瀧川は女の眠る部屋に2人を通した。

母は泣き崩れ、父は呆然としていた。

そして冷たくなった娘に向かって呟いた。

「バカな事を…そんなに好きだったか?

命まで捧げるほど、あの男がお前の全てだったのか?」

両親は娘が亡くなる前に電話をもらっていた。






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