恋を知らない
ぼくらは映画館に入った。
今日も大ホールでの上映作品を観に来たのだった。ギリシャ神話をベースにした、リアルな戦闘シーンが売りのスペクタクル映画だ。
映画を観ながら、となりに座ったマリアがぼくの手を握ってくる。ぼくは握り返す。
ロマンスシートではなく一般席だから、それ以上露骨なことはできない。
マリアの手を握ったまま、ぼくは思う。
ぼくは言ってみれば精子を作る機械だ。体内で上等の精子を作って供出する。それがぼくの仕事だ。
でも、たぶん今までよりも少しだけおだやかな気持ちでマリアや「めぐみ」を見ることができる。
そして、ベッドの中で、彼女たちのすべすべした肌と肌を合わせることに、少しだけ幸せを感じるのだ。
(了)

