Anna
ここに来てから休まずボウルの中身をかき回す幼馴染みに、思わず嫌味のひとつも漏れる。
「ほんとに好きね。飽きないの?」
「何?」
杏奈は剽軽な顔で慧を見返している。とても人のことを言えないアホ面だ。
髪も服装もお洒落に気を使っているとは言えなかったが、こんなのでも一応女の子だ。杏奈は彼にないものばかり持っている。どうしてそれを磨こうとしないのだ。
「あんたは、昔から変わらないのね」
「え? 何急に」
「久しぶりに会って驚いたでしょ。幼馴染みがこんな着せ替え人形みたいな格好で」
「そりゃなんの冗談かと思ったよ」
あっけらかんとした答え。ふと杏奈の方を一瞥する。結構あっさりと、変貌した彼を受け入れるのだなと慧は思った。
男勝りな格好も、荒っぽい言葉遣いも、杏奈に認められるように努力した。けれど、どれも表面上だけ。
生まれながらのこの変質的な体質は、塗り替えることはできないようだ。だからパリでの活動も徐々に自身の首を絞めるように、ストレスが積み重なった。心が押し潰されそうだった。
「慧はバカだからもう憶えてないだろうけど」
「ちょっと」
「まだ素直で可愛かった頃の慧が、よく近所の男の子達に泣かされて、帰り道にあった公園で作った砂のケーキを、すごく喜んでくれたから。ただそれが嬉しかったから、パティシエを目指したの。それだけ」
それでも、杏奈へのこの気持ちだけは並の人と同じように、彼にもあるものだった。
それを素直に言葉にするやり方を、彼は知らない。きっと知らなくていい。今の自分には、そんな資格はない。
「それにしても、夏ももうすぐ終わるっていうのにその長袖は暑苦しいんじゃない? 袖くらい捲ったら?」
夏も暮という季節だが、まだまだ日差しは照りつける。公園で遊んでいた子供達ももうそこにはいなくなっていた。
その娘の背後から歩み寄り、暑苦しい袖に触れようとした。袖口が危うくクリームに付きそうだった。素早い動作で慧の手は一回り小さな彼女の手に弾かれた。
「嫌っ!」
弾かれた手は、行き場をなくして宙を彷徨った。慧は呆然とした。痛みは大したことはないが、岩で頭を殴られたようにショックは大きかった。
「び、びっくりしたじゃん! もう急にやめてよね」
「びっくりさせるようなことじゃなかったけど」
「だ、だって急に慧が……」
よそよそしい彼女の態度が、さらに慧を追い込んだ。昔はいつも二人で一緒にいたのに、今は杏奈から歩み寄ることもない。
虚空の手を握りしめ、引っ込めた。
俯き加減に、彼は静かにかぶりを振った。
「いいわよ……今日はもう帰るから」
「う、うん」
そこにまだ動揺している彼女一人を残して、慧は早足に街外れの店を立ち去った。
まさか、彼女から拒絶されるなんて思わなかった。心臓の鼓動が重く感じた。お互い、もうあの頃とは違うのだと、時間の流れの残酷さを知った。