Anna
またひとつグラスの中身を空にして、ため息がこぼれる。
杏奈に弾かれた自身の手を見つめながら、慧は己の不甲斐なさに落ち込んだ。
拒まれても仕方ない。それでもあの頃を期待してしまう自分が卑しい。要は自己嫌悪。
グラスの中に残った氷がカランと小さな音を立てて、店内の薄暗い照明を反射する。
カウンター席に座る彼はまた空のグラスに注ぐように、指先で弾いて店のマスターに合図した。色黒でガタイのいいマスターが、別のグラスに新しいものを入れて交換する。それを彼は再び煽る。
「はあ、もう、その辺にしときなさいよ。あんた。せっかくの美人さんが台無しよ」
「寂しい夜くらい好きに飲ませてくれていいじゃない。マスターもこの気持ちがわかるでしょう?」
飲み干したグラスをテーブルに叩きつける。あまり広くはない店内に流れるムーディなジャズの音色を遮るほどそれは響いた。慧は程よく火照った頬を膨らませる。
「まあ、わからなくはないけど、嫌な現実を酒で誤魔化しちゃダメよ。結局は何の解決にもならないんだから」
「酒に頼って商売してるあんたに言われたくないわよ。いいからもっと高いの持ってきなさい。モデルの時代の金なら有り余ってるんだから」
「あーもう、はいはい。わかったわよ」
諦めたように彼も次の新しいグラスに酒を注いだ。アルコールの香りもほとんどわからなくなるほど、鈍感になっている。それでもグラスを煽った。
限られた世界でしか生きることができない彼らに、世間からの重圧はさらにのしかかる。
ネオン街の片隅でこうして同志で集うことでお互いの傷を舐め合うこともよくあることだった。