Anna
「ふーん。寂しいってんなら、俺が誘ってやろうか?」
「どちら様」
「おいおい。とぼけるなよ。もう何回誘ってると思ってんの慧ちゃんのこと。こう見えても俺は本気で慧ちゃんのこと抱きたいと思ってるんだよ?」
「あんた、ウォッカぶっかけてここで燃やしてやろうか?」
突然湧いて出たナンパ男に冷ややかな視線を送るが、大したことないように逆に距離を詰めてくる。鬱陶しい。
「ワオ。クールだねえ相変わらず。でもそんな君もチャーミングだよ」
「マスター、こいつ出禁にしてって言ったわよね?」
「斎君も昔からウチの常連だから、そんなキツいことできないわよぉ」
「いやあ、マスターわかってるねえ!」
「やっぱりこの手で息の根を止めるしかないかしら……」
ここに慧が通い詰める前から、マスターと長い付き合いらしい斎というこのチャラ男。
一般社会では愛想のいいイケメンらしいが、こいつには両性愛者というもうひとつの化けの皮がある。女を食い物にし、男も食い物にする。慧よりもタチが悪い。
鬱陶しいのをいちいち相手にするのも面倒になってきた。再び注がれたグラスに手を伸ばす。
すると、彼の華奢な腕を掴む男の手。チラリと視線を配ると、真横に居座るチャラ男のにこやかな笑顔がお目汚し、土足で視界に入り込む。
「俺は女も男も抱ける男だから、慧ちゃんが寂しがってるんなら喜んで抱いてあげるよ。さあ、二人で銀座のホテルで熱いミッドナイトを……」
「一人で腰振り回してろクソチ○コ」
「やだそれ何のプレイ!?」
暑苦しさが倍増するこのチャラ男に向けて、手に握り締めたグラスの中身を、それこそ顔面にぶっかけてやれば少しは落ち着いてくれるだろうか。
これ以上構うのもアホらしくなってくると、握り締めていたそれを口に近づけた。少しだけアルコールの感覚も冴えてくる。
「ところで慧ちゃんは、どうしてそんなに寂しがってんだい?」
「あんたなんかに話すわけないでしょ」
「もしかして男? どこのどいつだよ。そいつなんかムカつく」
「女子かてめえは」
勝手気ままな妄想を繰り広げるチャラ男に苛立ち、低い声が漏れた。そんな慧のことも魅力的だというポジティブな奴に、さらに苛立ちのループ。
男だったら、こんなに悩むことなんてない。
小さい頃から大事に大事にしていた杏奈だからこそ、こんなに悩んでしまう。自分自身を変えようとしてまで、彼女に恥じない男になろうと飛び立った。残念な結果に終わってしまったが。
やはりこんな自分には到底無理なのだろうか。
周りのイヤな男達より、あの娘の隣を歩いてきた。
あの娘の笑顔が好きなのに、一人の女性を愛することも彼には赦されない。