Anna

 小さい頃から、可愛いものや綺麗なものが好きだった。
 女の子が駄々をこねたくなるようなぬいぐるみや宝石や甘いお菓子の方が、ずっと慧の好みだった。
 
 けれど、男の子なんだからと、親は無理やり彼に男らしい格好をさせ、髪も短くした。ズボンなんか履きたくないし、可愛くない。普通の女の子についていないものが、気持ち悪い。
 そんな変わり者の慧を、友達はみんな気味悪がって遠巻きにした。男子も女子も、彼のことを気持ち悪いと言って、コソコソ話していた。
 
 その頃から、慧は自分と他者との間にあるギャップに苦しんだ。ありのままの自分を、誰も受け入れてくれない。その頃から誰とも関わらず、慧は人と壁を作るようになった。
 
 どうせ誰にも認めてもらえないんだから。
 涙も感情も、流すだけ無駄なんだと知った。自身の足元しか見えなくなっていた。
 
 
 
「けいちゃんの髪ってキレイだね」
 
 
 その壁を、ある日突然よじ登って来た奴がいた。
 
 
 
「……なんで」
 
「何が?」
 
「……気持ち悪いって思わないの? わたしのこと」
 
「どうして? けいちゃんが男の子なのに、女の子みたいだから? みんな変だって言ってるけど、そんなことないよ。わたしも仮面ライダー好きだし」
 
 慧の心の深い傷に、直球な言葉をぶつけてくる。それは事実なんだろうけど、もう少しマシな言い方があるんじゃないか?
 慧は傷口が開く思いだったが、その傷口にその娘は消毒液を直にぶっかけた。あまりにも彼の傷口に染みたその言葉は、慧の前に立ち塞がる女の子の姿を見上げさせた。
 
 女の子らしさより、動きやすさを重視した格好をした、人形のように整った顔につぶらな瞳が慧を正面から見つめた。
 
 
「けいちゃんは、仮面ライダー好き?」
 
「見ない」
 
「じゃあ、プリキュアは好き?」
 
「……まあまあ」
 
「わかった。それじゃあ、あんなとプリキュアごっこしよ」
 
 
 二人でプリキュアごっこをすることになってしまった。でも本当は、毎週視聴予約しているくらいアニメが大好きだった。
 でも、不思議だと思うのは、大好きなプリキュアやリカちゃん人形より、その娘の笑顔の方がずっと可愛いらしくて安心すると思ったのだ。
 
 
 きしだあんな。
 友達といつも楽しそうにしているくらいは認知していたが、この頃からいつも杏奈の方から無理やり壁をぶち壊して、二人で遊ぶことが増えた。
 杏奈はいつも慧の意思を尊重してくれて、二人で楽しめる遊びを提案してくれた。二人で遊んでいると、杏奈の周りにいた女の子達もこちらにやって来て、徐々に打ち解けることができた。
 
 
 杏奈には、不思議な力がある。
 周りの人を笑顔にする素敵な魔法があるんじゃないかと、慧はいつしか彼女に密かに憧れるようになった。
 
 
 
 しかし、それを面白く思わない奴らもいた。
 慧が女の子達の集団にいることに、男の子達の反発があった。女々しい奴だと、手を出されることが増えた。
 一方的に男の子達にいじめられる慧を、助けてくれたのも杏奈だった。果敢に男の子達の中に飛び込んで、そいつらを返り討ちにした。杏奈の家が柔道場なのが功を奏した。
 
 
「もう大丈夫だよ。けいちゃんもあんな奴らに好きにやられっぱなしじゃなくて、やり返したらいいのに」
 
「嫌だ。あんな奴らと同じような真似はしない」
 
「うーん。それもそうだ」
 
 慧の主張に杏奈は潔く頷く。それでも少し考えると、慧に諭すようにこう言った。
 
 
「だけど、それならけいちゃんは、弱いままだよ。今みたいに男の子達にやられっぱなし。慧ちゃんは嫌かもしれないけど、相手を傷つけるためと守るための暴力は、違うと思うんだ。だから仮面ライダーは、みんなのヒーローなんだよ」
 
 
 小柄な慧をおんぶしながら、涼しい顔で杏奈がそんな話をする。慧を守るために男の子達と喧嘩した杏奈の話には、妙な説得力があった。
 
 帰り道にあった小さな公園に、杏奈は寄り道しようとそのまま入っていった。お互いボロボロの身体で、日陰にある砂場にやって来た。
 
 待ってて、と言って杏奈は砂のかからない場所に慧を休ませると、一人砂場に入って黙々と手を動かした。慧が、ついさっき杏奈の話してくれたことをぼんやり考えている間に、それが出来上がると彼に向けてにこりと笑いかける。
 
 
「はい。どうぞ」
 
「……? 泥の塊……?」
 
「け、ケーキだよ。けいちゃんが大好きな甘いケーキ」
 
「こ、こんなのがケーキだなんて認めない」
 
 杏奈が作ったそれは、あまりにケーキと呼べるような代物ではなかった。仮面ライダーで敵が栄養源として食べているような、未知の物体がそこにある。
 せっかく杏奈が作ってくれたものだが、あまりにも見ていられなくて結局二人で土台からやり直すことにした。女の子のくせに、こういうのには慧よりも力及ばない杏奈の弱いところが、少しだけ可愛く思えてくる。不思議だ。
 二人で作り直した砂のケーキがそれらしく見えると、慧よりもずっと喜んでいる杏奈を見て、思わず慧も笑った。
 
 
「武器なんてなんでもいいじゃん。けいちゃんには、けいちゃんの武器があるんだよ。絶対にあるよ。けいちゃんにしかできないことが」
 


 その娘の笑顔は、この日の燦々としたおひさまよりずっと眩しかった。




 友達にも、親にさえ、否定されてきた。
 この娘だけが、ありのままの慧に寄り添ってくれたのだ。

 
 頬を染めて、誰よりも弱い慧を澄んだ心で励ましてくれた杏奈は、今までもこれからも、この世で一番可愛いと思った。
 
 
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