「英国の月は、暁に映る恋に溺れる」
充見先生が、ご自身の境遇をどのように捉えていたかはわからない。けど、もし私が先生と同じ宿命を背負って生まれていたのなら......。でも、それは考えるだけでもきっとおこがましい事。

なぜなら充見先生は年齢を聞いて想像し得る一般的なイメージよりも遥かに成熟した印象の方だった。

口調や佇まい、お話の内容、考え方。そういう五感で認識できる感覚が秀逸でいらっしゃるのは当然だけれども、それ以上に目には見えない崇高なオーラを充見先生は纏っていた。

とても、28歳の青年が醸し出せるようなものではなかった。

だから先生の年齢を知った時、私はとても驚いた。それから、会社の先輩である伊原さんと、マリさんと高校の同級生だったことも。

そのことは、担当になってしばらく経った時に、ふいに先生からお聞きした。

「マリは元気ですか?」

「え......?」

「......錦戸 マリ」

"マリ”

その時、私は充見先生が女性を呼び捨てにするのを初めて聞いた。

こんな新米編集者の私のことでさえ先生は”木村さん”と呼び、終始敬語を使い尊重してくださっていた。

ビジネスライク。充見先生と私の関係が緊張感漂うものだったことは間違いなく、私が先生のプライベートで把握していることなんて何ひとつ無いけれど、ただ長年先生のもとで働き秘書的な役割を担う三間さんにさえ敬語を使っていたお人柄から考えると、先生とマリさんは相当な親しい間柄に思われた。

......もしかして、昔の恋人とか!?

「はい......、マリさんは......」

私は好奇で昂ぶる気持ちを懸命に押さえつけながら努めて理性的な口調で答えようとした。

しかし先生は、そんな浅はかな私の思惑を即座に見抜いて、穏やかに微笑みながらこう言った。

「高校の同級生なんですよ。それだけです」

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