赤薔薇の騎士公爵は、孤独なカヴァネスに愛を誓う
夕方、今日の授業を終えたシェリーはボストンバックを手に城門を目指して廊下を歩いていた。
明日から即位式の前日までは授業があるため、城を一時的に離れるのだ。
すると目の前から黒髪を後ろでひとつに束ねた四十代くらいの男性が歩いてくる。
(あれは、サザーリンスター大公殿下?)
死亡したギュンターフォード一世前王陛下の弟で、かつては王位争いをしていたのだとか。
現在は幼い王に代わって国政の代理を努めており、サザーリンスター大公は事実上の権力者ということになる。
「ごきげんようサザーリンスター大公殿下」
少し横に避けて深くお辞儀をする。大公とは何度か城や前夜祭などの行事で挨拶をしたことがあり、面識があった。
「あぁ、シェリー殿か。アルファス様の即位式の準備は進んでいるかね?」
「はい、とても誠実に向き合われておられます。即位式でもしっかりお勤めを果たされることでしょう」
顔をあげてそう答えたとき、ふと薔薇の香りがした気がした。気のせいだろうかと思った矢先、大公のジェストコールの裾に斑点模様のある黒い花びらが一枚ついているのに気づく。
「大公殿下、それは……」
シェリーが指さすと大公は不思議そうに花弁を摘まんで、まじまじと見つめた。
「おや、どこでついたのか。教えてくれて、礼を言うよ。このような老いぼれが薔薇の花など、若作りだと笑われてしまうからね」
「黒薔薇だなんて、珍しいですね」
薔薇は管理が難しい植物なため、自然に生えているとは考え難い。なので、この城のどこか、もしくは付き合いのある貴族や大臣宅で栽培しているものなのだろう。
だが、薔薇は庶民から貴族まで赤や青といった色鮮やかなものが好まれる。わざわざ黒い薔薇を栽培しているだなんて、風変わりな人もいるらしい。
「大公殿下、ここにおられましたか」
「これは、ウォンシャー公爵」
そこへやってきたのは、にこやかな笑みを口元にたたえるウォンシャー公爵だった。
スヴェンに近づくなと念を押されていたので、条件反射で後ず去ってしまう。
そんなシェリーには目もくれず、ウォンシャー公爵は恭しくお辞儀をした後、大公の手にある黒薔薇の花弁に視線を向ける。
「その手にあるのは、おや珍しいですね。ルゴーン家の庭園で見たとき以来でしょうか」
ウォンシャー公爵の口から飛び出たのは、かつで騎士公爵の名を賜っていたルゴーン家の名だ。
前に話してくれたウォンシャー公爵の見立てによると、前王を毒殺した首謀者の可能性があるだとか。