赤薔薇の騎士公爵は、孤独なカヴァネスに愛を誓う


「甘いものを食べたら、元気になるんじゃない?」

「先生のマドレーヌは、アルオスフィア一だからな」


 子供たちに言われて、シェリーは皿の上に並ぶ黄金色のマドレーヌに視線を落とす。

 カヴァネスの仕事はないけれど、お菓子を届けに行ってもいいのだろうか。こんなものでも、アルファスを元気づけたらいい。それに、今回の事件の対応に追われているスヴェンにもマドレーヌを食べて気分転換してもらいたい。

 そう思ったシェリーは授業の後に、お菓子を持って城を訪れることにした。




 夕方、生徒が帰る馬車を見送った後、かつてローズ家の御者を務めていたハンスにお願いをして城まで送ってもらった。


「シェリーお嬢様、帰りも足が必要でしょう。私は城の裏手にある森の入り口でお待ちしておりますから、時間になったら正門までお迎えにあがります」


 正門は王族の馬車の出入りがあるため、庶民の辻馬車は停めておけない。
だからハンスは、城のすぐ裏手の森でシェリーを待っていてくれると言っているのだ。


「ハンス、私はもうお嬢様ではないわ。なのに気遣ってくれてありがとう。お言葉に甘えて、一時間半後に待ち合せましょう」


 シェリーはマドレーヌが入ったカゴを大事に抱えて、馬車を降りると門番に挨拶をして中へ通してもらう。


 廊下を歩いていると、視線の先に見慣れた姿を見つけて足を止めた。すると向こうもシェリーの存在に気づいて、歩く速度を速める。


(スヴェン様だわ)


 すぐに駆け寄りたい衝動に駆られるが、常日頃アルファスや生徒たちに廊下は走るなと教えていたので、じっと堪えて彼に歩み寄る。


「スヴェン様、ごきげんよう」


 向かい合うと、シェリーは軽くお辞儀をした。


「あぁ、昨日ぶりか。シェリー、どうして城に?」


 彼は議会があったのか、小脇に書類を抱えている。
多忙なスヴェンを引き留めるのは心苦しいけれど、せっかく作ったマドレーヌを食べてほしかったのでソワソワしながら言い出す機会を窺った。


「実はマドレーヌを焼いたので、届けに来たのです。今日は仕事もないのに、城に押しかけたりして申し訳ありません」  

 マドレーヌが入ったカゴを持ち上げて見せると、スヴェンは目を丸くした。


「アルファス様への差し入れか?」

「それもあるのですが、その……」


 子供っぽいと思われてしまうだろうか。
 弱気になって開いた唇を何度も引き結んだが、深呼吸をして意を決する。


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