言い訳~blanc noir~
「私、料理があまり得意じゃないんで口に合うかわからないけど」


 夏海が紙袋の中から弁当箱を取り出し蓋を開いた。

 海苔で巻かれた俵型のおにぎりが並び、ほうれん草を巻いた玉子焼き、鳥のから揚げ、ポテトサラダ、昆布の佃煮が所狭しと詰め込まれている。


「美味しいよ。ありがとう」

 玉子焼きを口にした和樹が微笑む。すると夏海は「良かった」と目元を緩ませた。しかし胃が食べ物を受け付けないのか、半分ほど食べたところで和樹が箸を置いた。


「ごめん。せっかく作ってくれたのに」

「いえいえ、無理しないでください。残り、私が食べちゃおっかな」


 夏海は明るい声でそう言うと、和樹が使っていた箸を手に取りから揚げを口にした。


「割り箸持って来るよ」


 椅子から立ちあがると、夏海は口に詰め込んだから揚げで頬を膨らませたまま、手だけを横に振った。

 もごもごと口を動かし一気に飲み込むと若干声を詰まらせ、胸のあたりをどんどんと叩きながら「いいです、いいです」と慌てていた。


「私、箸の使い回しとか気にしないタイプなんで」

「俺が気にするよ」


 和樹が笑うと夏海も「あ、そっか」と肩をすくめ笑顔を見せた。気を使ってわざと明るく振る舞ってくれているのだろう。

 何日もの間この部屋に閉じこもり、人とまともに会話する事さえなかったせいか、人の温もりが身に染みるようだった。


「椎名さん、食べ物は何が好きなんですか?」

「俺? 特にこれっていうものはないけど沙織が作ってくれるもの……」そう言ったところで、はっとした。

 沙織が作ってくれるものが一番好きだ、と言い掛けその言葉を飲み込んだ。

 和樹が眉を寄せ俯くと、夏海も気まずそうにポテトサラダを口に運ぶ。


「沙織さん、料理上手だったんですね」

「ああ。沙織が作ってくれるもので嫌いなものなんか何もなかったよ。もうそれも食べられないんだって思うと、沙織に料理習ってれば良かったなって思うよ」

 和樹が寂しげに笑う。その表情を目にした夏海は唇をきゅっと横に結び、目を伏せた。

「古賀さん、ごめんね。俺、自分で思ってたより弱い人間だって事がよくわかった」

「強い人間なんていませんよ。病気ならまだ心の準備も出来るけど、事故で突然なんて……。だけど沙織さん、椎名さんにそれだけ強く愛されていたんだから幸せだったと思いますよ」

「そうかな」

「絶対にそうですよ」

「沙織が随分前に言ってたんだ。“幸せなんて、そんな幻みたいなもの必要ない”って。その時は言葉の意味がわからなかったけど、幸せって本当に幻みたいなものだなって思うよ。こんなにも呆気なく消えてしまうんだもんな」


 そう言われた夏海は返す言葉もなく、神妙な表情で和樹を見つめていた。

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