言い訳~blanc noir~
毛玉が飼っているシロという名の雄猫は名前の通り真っ白な毛並が特徴的だ。手入れが行き届いた長い毛足はどの写真もとても優雅で猫のくせに気品に満ち溢れ、気高さのようなものを感じる。
沙織が毛玉のブログに貼られているシロの写真を眺めながらいつもクロにこう言っていた。
「シロ君がお婿さんになってくれたらいいのにねぇ」
クロは沙織の顔を見つめながら「別に?」と言っていたかまではわからないが、興味がなさそうにあくびをしていたのを思い出し思わず顔がほころんでしまった。
「クロ。シロが新しい首輪買ってもらったんだって。クロも欲しいか?」
ベッドで丸くなるクロに話し掛けたが見向きもしない。和樹は苦笑いしながら毛玉のブログにコメントを書き込んだ。
沙織が毛玉とブログを通じて出会い、それから1ヶ月も経たないうちに沙織がこの世を去った。
それ以降ずっと沙織のハンドルネームである“さおりちゃん”を使用し、沙織のふりをしながらブログを書き続けもう3年になる。
【クロと私とご主人様】に綴られた記事は最初の30記事が沙織が書いたもので、残り500以上の記事は和樹が書いている。
特に内容がある記事ではない。
大半がクロの写真を貼りつけ、1、2行程度の短い文章を添えているだけだ。それでも毛玉は必ずコメントをくれる。和樹も毛玉のブログだけは欠かす事なく目を通し、コメントを書き込む。それがささやかな楽しみだった。
どこの誰かさえもわからないネットの交流。しかし毛玉は“さおりちゃん”は実は3年前に亡くなり、これを書き込んでいるのが実は“ご主人様”だと知ればどう思うだろうか。
ふとそんな事を思う日もあるが、ネットというのは触れたくない部分をいくらでも濁す事が出来る。そのいい意味でのいい加減さがとても心地良く感じる。
「クロ、ここの世界に引っ越そうか? 沙織もいるし、シロもいるし、鰹節も食べ放題だよ」
和樹がブログを書き終わりクロに笑い掛けると返事の代わりに尻尾を2、3度振っただけだった。
「本当にクロは素っ気ないな。もう少し構ってくれてもいいだろ」
和樹がベッドに横になり、クロを胸の上に強引にのせるとごろごろと喉を鳴らし目を細める。目元を緩めクロを眺めているとこんこんとノックが響いた。
「なに?」
クロを胸からおろし起き上がると扉が開き、夏海が顔を覗かせた。
「……お寿司、良かったら一緒に食べない? 里香さんから貰ったんだけど一人じゃ多いから」
里香とは夏海の弟の妻だ。今年結婚したばかりとあってか印象良く思われたいのだろう。やたら物を持って来たり、家族同士の交流を持とうと躍起になっている。その押し付けがましい気遣いが鬱陶しく感じる。
和樹は面倒くさそうに小さく息を吐くと夏海の横を素通りしリビングに歩き出した。
テーブルに並んだ巻き寿司と野菜の天ぷら。
和樹の正面に腰をおろす夏海は身を小さくしながら俯き気味に巻き寿司を口にしている。咀嚼する音だけが小さく響く。
「……美味しい?」
「うん」
玉ねぎの天ぷらを口にしながら和樹が素っ気なく返事をする。
そして再び沈黙が訪れる。
こんな生活をもう3年以上続けているとこれが普通に思えてくるから不思議だ。
沙織との食事はいつも笑いが絶えなかった。
その日あった出来事をどちらからともなく話しだす。ある時は沙織のよくわからない一発芸のようなものを披露された事もあった。
口に入れた食べ物を吹き出しそうになった事をふっと思い出し、和樹は思わずくすっと笑ってしまった。
「どうしたの……?」
夏海が驚いたように顔を上げる。
「何でもないよ」
すぐに和樹から笑顔が消えた。夏海はしばらく和樹を見つめる。
「クロと沙織さんと話すときだけは笑顔なんだね、和樹って」
夏海の言葉に顔も上げず巻き寿司を口にする。ただ咀嚼する音だけが静かに聞こえ、夏海は再び俯きながら巻き寿司を口にした。
沙織が毛玉のブログに貼られているシロの写真を眺めながらいつもクロにこう言っていた。
「シロ君がお婿さんになってくれたらいいのにねぇ」
クロは沙織の顔を見つめながら「別に?」と言っていたかまではわからないが、興味がなさそうにあくびをしていたのを思い出し思わず顔がほころんでしまった。
「クロ。シロが新しい首輪買ってもらったんだって。クロも欲しいか?」
ベッドで丸くなるクロに話し掛けたが見向きもしない。和樹は苦笑いしながら毛玉のブログにコメントを書き込んだ。
沙織が毛玉とブログを通じて出会い、それから1ヶ月も経たないうちに沙織がこの世を去った。
それ以降ずっと沙織のハンドルネームである“さおりちゃん”を使用し、沙織のふりをしながらブログを書き続けもう3年になる。
【クロと私とご主人様】に綴られた記事は最初の30記事が沙織が書いたもので、残り500以上の記事は和樹が書いている。
特に内容がある記事ではない。
大半がクロの写真を貼りつけ、1、2行程度の短い文章を添えているだけだ。それでも毛玉は必ずコメントをくれる。和樹も毛玉のブログだけは欠かす事なく目を通し、コメントを書き込む。それがささやかな楽しみだった。
どこの誰かさえもわからないネットの交流。しかし毛玉は“さおりちゃん”は実は3年前に亡くなり、これを書き込んでいるのが実は“ご主人様”だと知ればどう思うだろうか。
ふとそんな事を思う日もあるが、ネットというのは触れたくない部分をいくらでも濁す事が出来る。そのいい意味でのいい加減さがとても心地良く感じる。
「クロ、ここの世界に引っ越そうか? 沙織もいるし、シロもいるし、鰹節も食べ放題だよ」
和樹がブログを書き終わりクロに笑い掛けると返事の代わりに尻尾を2、3度振っただけだった。
「本当にクロは素っ気ないな。もう少し構ってくれてもいいだろ」
和樹がベッドに横になり、クロを胸の上に強引にのせるとごろごろと喉を鳴らし目を細める。目元を緩めクロを眺めているとこんこんとノックが響いた。
「なに?」
クロを胸からおろし起き上がると扉が開き、夏海が顔を覗かせた。
「……お寿司、良かったら一緒に食べない? 里香さんから貰ったんだけど一人じゃ多いから」
里香とは夏海の弟の妻だ。今年結婚したばかりとあってか印象良く思われたいのだろう。やたら物を持って来たり、家族同士の交流を持とうと躍起になっている。その押し付けがましい気遣いが鬱陶しく感じる。
和樹は面倒くさそうに小さく息を吐くと夏海の横を素通りしリビングに歩き出した。
テーブルに並んだ巻き寿司と野菜の天ぷら。
和樹の正面に腰をおろす夏海は身を小さくしながら俯き気味に巻き寿司を口にしている。咀嚼する音だけが小さく響く。
「……美味しい?」
「うん」
玉ねぎの天ぷらを口にしながら和樹が素っ気なく返事をする。
そして再び沈黙が訪れる。
こんな生活をもう3年以上続けているとこれが普通に思えてくるから不思議だ。
沙織との食事はいつも笑いが絶えなかった。
その日あった出来事をどちらからともなく話しだす。ある時は沙織のよくわからない一発芸のようなものを披露された事もあった。
口に入れた食べ物を吹き出しそうになった事をふっと思い出し、和樹は思わずくすっと笑ってしまった。
「どうしたの……?」
夏海が驚いたように顔を上げる。
「何でもないよ」
すぐに和樹から笑顔が消えた。夏海はしばらく和樹を見つめる。
「クロと沙織さんと話すときだけは笑顔なんだね、和樹って」
夏海の言葉に顔も上げず巻き寿司を口にする。ただ咀嚼する音だけが静かに聞こえ、夏海は再び俯きながら巻き寿司を口にした。