言い訳~blanc noir~
―――最悪。何で人がいるの?


 恥ずかしいやら情けないやら、居た堪れなくなってクロを抱っこしたまま歩き出した。

 放っておいてくれたらいいのに声を掛けられた。


「大丈夫ですか?」


 その人は恰好がいいスーツを着て、まるでテレビから飛び出して来た芸能人のように整った顔をしていて、凄くいい匂いがした。


 こんなにかっこいい人に声を掛けられるなんて生まれて初めてだった。なのに自分はと言えば、変な服を着て裸足で猫を抱えて、手から血を流して。


 構わないで、見ないで、「かわいそうな子」っていう目で見つめないで。


 クロが胸から飛び出した。一緒に追いかけてくれた。

 かっこいい人は「椎名和樹です」と名乗った。銀行マン、そんな凄い仕事してる人に出会ったことなんてない。


 王子様みたいな人を底辺のような女の自分が好きになっちゃいけない、そう思っていた。

 王子様の恋人はお姫様のように綺麗な人だった。買い物袋を提げて、変な服を着た私とは大違い。

 お姫様の横を通り過ぎたとき、王子様と同じ匂いがした。


―――私は今まで何を浮かれていたんだろう。身の程もわきまえず、馬鹿みたい。私なんか好きになってもらえるはずがないのに。


 だけど王子様は私を好きだと言ってくれた。


 言葉だけじゃなくて惜しみない愛情を注いでくれる。


 なのに私は、また捨てられるんじゃないか。またあの暗闇の中に置き去りにされるんじゃないか。信じてる人から何度も見捨てられ、置き去りにされる事、その痛みが消えない。いつまで経っても消えてくれない。


 永遠の愛なんかない。幸せなんか幻だ。人は生まれたら死に向かって歩いていくだけ。幸せも喜びも求めるだけ無駄。

―――そんなもの、信じるだけ自分が馬鹿をみる。



「私は……ご主人様に捨てられる事が怖いんです。もう一人ぼっちになりたくない。信じてる人から何度も何度も捨てられるくらいなら底辺で生きてるほうが……傷つかなくて済むから……」


 そう言うと沙織が顔を歪ませ、声をあげた。
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