言い訳~blanc noir~
 とめどなく溢れ出す涙が沙織の顔をぐしゃぐしゃに濡らす。

 喉を引き裂くような嗚咽に肩を震わせ、咽びながら和樹の胸に顔を埋める。

 そして縋りつくように和樹の背に手を回した。


―――俺はどうして沙織にこんな卑劣な真似をしたのか、どうして沙織を傷つけたのか。


 自分の醜い嫉妬心とくだらないプライドのために沙織を深く傷つけてしまった。

 激しい自己嫌悪が押し寄せる。


 沙織が語った話は簡単に受け入れられるような話ではなく、自分がこれまでいかにぬるま湯に浸かりきった人生を送ってきたのかを思い知らされた。

 自分が孤独だと感じた事もなければ、見捨てられる不安に怯えた事もない。

 当たり前のように用意された食事を口にし、何不自由なく親に育てられ、そして進学し就職した。

 それなりに友人と呼べる人間もいる。恋愛だって楽しんできた。

 一日24時間平等に与えられた日々の中、あまりにも違い過ぎる道を沙織は歩いてきた。

 自分の人生と沙織の人生が重なった事が奇跡のように思える。


「沙織……ごめん」


 胸の中で泣きじゃくる沙織の顔を持ち上げ涙を拭った。拭っても拭っても涙が溢れ出す。頬に貼り付いた髪の毛を指で払いながら、何度もその頬に口付けた。


「約束するよ。俺はたとえ何があっても絶対に沙織を一人にしない」


 ようやく涙が落ち着いた頃、沙織が顔を上げ、真っ赤に腫らした目で和樹を見つめた。


「私より長生きしてくれますか?」


「沙織より3つ下だから大丈夫……かな? 多分」


 和樹が困ったように笑った。


「ご主人様が死んだら私また一人ぼっちになっちゃいます」


「大丈夫、死なないよ。沙織を残して絶対に死なない。というより、死ねないよ。これだけ寂しがり屋の沙織を残して死んだら、俺、成仏できないよ」


 そう言って笑うと沙織がようやく笑顔を見せてくれた。


「ご主人様、大好きです」


 和樹が頷く。沙織が和樹の背中に両腕を回した。はにかみながら和樹の唇にそっと口付けた。


「沙織が人生を終えるとき幸せだったって思えるように努力するよ。だから、クロと一緒に俺の元においで。結婚しよう」


 和樹の肩先に首を乗せた沙織がこくりと頷いた。


「私、ご主人様に出会えて幸せです。生きてて良かった」


 真っ赤に腫れた目を細め、沙織が微笑んだ。
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