エリート上司の甘く危険な独占欲
 とてもいい曲だから、嫌いにならないよう、できれば柊一郎との嫌な思い出と切り離してしまいたい。

 そんなことを考えながら、華奈はシートベルトを締めた。

「それじゃ、出発するよ」

 颯真は言って、ゆっくりとアクセルを踏んだ。車は滑るように走り出し、マンションの駐車場から公道に出た。

 日曜日の昼過ぎだが、湾岸通りは交通量が少ない。

「意外と空いてるんですね」

 華奈はフロントガラスの奥を見ながら言った。前方には数台の乗用車が走っているだけだ。

「そうだね。もう一本海側の通りはアウトレットモールがあるから、混んでるだろうけど」

 颯真の言葉が消えると、車内にはジャズの曲が聞こえるだけになった。次の曲は少し明るい曲で、伸びやかなトランペットの音色が心地よい。

 華奈は音楽に浸りながらサイドウィンドウの外を見た。車は今、白い大きな橋を渡っている。眼下に見える紺碧の海は穏やかで、春の温かな日差しを受けて、水面で光がキラキラと踊っている。

(キレイ……)

 のどかな光景を見ていると、昨日の嵐のような出来事が、まるで嘘だったかのように思えてくる。
< 42 / 161 >

この作品をシェア

pagetop