あの日の帰り道、きっとずっと覚えてる。
***

「うぎゃあああああ───……」

「ごめん光希歩!ちょっと今、手が離せないの」

「わかった!」

二〇一〇年も終わりに近づいていた。
私は大泣きしている海光の元へ駆け寄って抱き上げた。
そしていつものように歌い出す。

「────かわいいかわいい私の海光ちゃん…」


「…夢をみて」


「…大丈夫よ」


「…お姉ちゃんはここにいるからね」


『ママ』と『赤ちゃん』のところを『お姉ちゃん』と『海光ちゃん』に変え、私はすっかり姉らしく頑張っていた。

海光は大概この歌を歌えば泣き止む。
この歌には不思議な力があるのだろう。
なんせ、お母さんが願いを込めて作った歌なのだから。

そんな時、ピンポンと軽快な音が鳴り響いた。

「多分宅配便だと思うから出て!」

私は海光を抱えたまま、玄関へと走った。

はい、と言って扉を開ける。
冷たい風が勢いよく滑り込んできた。

「あらぁ、光希歩ぢゃん。それど海光ぢゃんも」

そこに立っていたのは宅配の人ではなく、隣の家に住む、パーマがかったおばさんだった。

「こんにちは」

「こんにぢは。光希歩ぢゃん、お手伝い偉ぇねぇ。いづも綺麗な歌が聞ごえでぐるよ」

照れ隠しに海光に視線を落とす。

「うふふ。こいづ、回覧板だがら、渡しでおいでね」

そう言ってひとつのバインダーを渡され、おばさんは帰っていった。
< 66 / 240 >

この作品をシェア

pagetop