God bless you!~第8話「リコーダーと、その1万円」・・・予算委員会
そこに、遅れて、桂木と真木が戻って来た。
2人仲良く……とは行かないようで。
「あのさ、真木くん。キミさ、何で当然のように吹奏側に立つの?生徒会はあくまでも中立でしょ。そういうの禁止だからね」
でもそういう桂木の方が、バスケ部の先頭に立ってなかった?
恐らく真木もそれと似たような事を言い掛けたと思う。
だが、「なに?」と桂木に凄まれて、萎んだ。(俺も)
「す、すみません。ああいう時、皆と同じ側に居ないと、後が怖いんです」
「スイソーって、いっつも誰かと群れてばっか。1人じゃ何も出来ないの?」
「ちょっと」
と、すかさず間に入ったものの、桂木は半分ベソをかいて睨み返した。
桂木にとって、もはや真木が良いとか悪いとかいう問題ではない。スイソー女子に〝駄女子〟と言われ、体中をド突かれた鬱憤。それが収まらないまま行き場を無くし、ここに来て、八つ当たりと化している。……こりゃ厄介だな。
真木は、「はい。僕は独りじゃ何もできません。すいませんっ」と真っ赤な顔で俯いた。泣いているようにも見えるし、何も言い返せない屈辱、自身に対して口惜しい気持ちを滲ませている。それを眺めているうちに、桂木の戦意はハッキリと萎えてきた。
こっちはホッと胸を撫で下ろした所。
「真木くんさ、1人で飛び出しちゃえば?武器レベル1のリコーダーで♪」
「だーかーらー、独りじゃ何もできませんってっ」
口グセが、伝染ってる。桂木には怯えた様子の真木が、右川には全くビビっていない。そんな様子を、俺はただただ、不思議に眺めた。
「1人でどうこうなんて、とんでもないです。そんなことしたら吹奏楽の先輩に何言われるか。運動系って、女子とかも怖いじゃないですか。独りであんな強い人たちを相手に交渉するなんて無理ですよ」
寝た子を起こすな。それはある意味、嫌味とも。
案の定、「誰が怖いって?」と桂木は牙を剥いた。
「何が怖いって言うの?単に運動能力が高いだけでしょ」
「ちょ、ちょっと」
待て。
ここはハッキリ、俺は、真木と桂木の間に入った。
その周りをドラム缶3人組が、ちょろちょろ、この光景を、大喜びで写真に撮りまくる。
「「「真木くん、頑張れ。女に負けるなぁ~」」」
「おまえら、もう出てけ」
これは、俺の八つ当たりが幾分入っている。3人組は一瞬、凹んだものの、帰る様子は無い。スマホを構えたまま、シャッターチャンスを狙ってやる気満々であった。
「真木は、まだ染まってないんだから。新人にバトルを植え付けてどうする」
桂木は、目に見えてムッとして……次第に、その目には涙が溜まる。
〝あたしより先に、真木くんの味方?〟
その時、
「あー!!!こないだの体育マラソン!陸上部の須賀さんを抜いてぶっちぎりの1番だったね、ミノリ!!!」
突然、右川の横槍が入った。
「何よ、急に」
矛先を変えただけ。桂木の表情には、より一層、険しい陰が刻まれる。
確かに唐突すぎた。
だが、それぐらい振り切らないと、険悪な雰囲気を飛ばせないかも。
「マジで?須賀さん抜いたの?知らなかった。それすげーじゃん」
俺も次いで加勢した。正直、本当に凄いと思った。須賀と言う女子は、陸上で有名大学に推薦入学は必至と言われている有望株である。それを抜くとは。
「何言ってんの。たった3キロだよ?気持ちよく走ってたら自然とね」
桂木も騙されたフリで、一端、愛想よく答えた。
真木も邪気のない笑顔を見せている。ひとまず難を逃れたとホッとした所、
「へぇ。桂木さん、1等賞なんですかぁ。凄いですね」
「……何、その言い方。1等賞って、小学校以来、久々に聞いた。なんかバカにされてるみたいに聞こえるんだけど」
「そ、そんな事ないですよ」と、真木は縮こまった。
「桂木さん、体育系なのに小さい事にこだわり過ぎですよ」
「そうだよ。考えすぎだよ。1等賞も1番も、同じようなもんじゃないか」
そこで真木と目が合った。
すかさず、ドラム缶3人組がシャッターを切る。何を言うのも面倒くさい。
(今回ばかりは気が利いている)右川は、
「ミノリの筋肉パね~!さっすがバス女!双浜のジャンヌダルク!」
また唐突に、殆ど乱暴とも思える怪力で桂木の肩を打ち叩き、「ちょ、ちょっとー、痛いってば!」と、一瞬、桂木の怒りの矛先を変えた。
だが、「それを言うなら僕だって」と何故か真木がムキになって胸を張る。
(想像もつかないけど)マッチョな胸筋辺り、熱烈披露するのかと思いきや、
「肺活量ハンパないですよ」
そこ?
「吹奏楽っていうのは、とくに管楽器はそういう人種の集まりです。長距離とかだったら、そこら辺の運動部には負けないと思います」
そこで桂木に睨まれて、真木は縮こまりながら1歩だけ下がった。
「まぁ、確かに、文化系の中でも吹奏楽は、かなり走り込んでるよな」
「たった5キロでしょ。走り込んでるって言わないよ。単なる準備運動」
「そんなバリバリの運動系と比べなくても……」
やけに妙な間が空いた。
「何で?」
空気が変わった。
そして、桂木の矛先も、俺に変わった。それは分かった。
「いつもいつも、あたしだけが間違ってる?」
「いや、そういうワケじゃ」
ドラム缶3人組が激しくシャッターを切った。「三角関係が炎上~」
気が収まらないらしい桂木は、「もう!」と3人組に八つ当たりをして、出て行ってしまう。
室内の温度が、最低10度は下がった。少なくとも、俺はそう感じた。
「こういう場合。真木くんを庇ってる場合じゃないわよね」
阿木がポツンと呟いた。
「こういう場合、すぐ追いかけないとマズイですよね」
浅枝もしたり顔で頷く。
正直、ムッときた。だがそれを聞いても、今から追いかける気にもならないから。こういう所が、俺はズルいのだ。
「す、すみません」と、何故か真木が謝ってくるので、
「いや、別に真木が悪いわけじゃなくて」
その原因には、なってるけど。
俺だけが悪者で放り出されたようなバツの悪さに、
「あの掲示板。右川の事じゃないか?まさかと思うけど、吹奏楽からワイロとか貰ってないだろうな。新人に妙な入れ知恵すんなよ。他の団体にもズルを煽るんじゃない」
俺は、極悪・右川を売っ払った。あれほど桂木の機嫌取りに貢献してくれたというのに。
右川は、それに何の痛痒も感じないという様子で、
「カネ森が、あたしなんかに物くれる訳ないじゃん。金持ってるヤツに限ってケチだし」
うっかり同調して笑いそうになった所を、意地で押し殺す。
だが、
「まー、くれるって言うなら、あたしは貰っとくけど。知ってる?真木くん家って、結構金持ちなんだよね」
ねー?と、真木に向かって問い掛けた。
マジで?いや、そこに喰い付いてる場合じゃない。
「相手が金持ちとか、どうとか、そういう問題じゃなくて」
「だったらなによ」
「全ては受け取る側のモラルの」と、言いかけた所を右川は遮ると、
「はいはいはい。超ウケる。吹いた。アタリマエで地味にワロタ」
……見てろよ。
本日の会長作業は、大盛りのシュレッダー文書と、がっつりファイル綴じ書類。
それにゴミ掃除も加えて右川の目前に盛り上げてやる、と決めた。
「あの掲示板。生徒会と吹奏楽部って……やっぱ僕と関係ある事でしょうか」
真木の、それは問い掛けか。それとも、モノローグか。
「桂木さんに睨まれたまま、僕どうしたら」
阿木も浅枝も、作業に没頭している。俺はと言えば……そうなったのは真木自身の不用意な発言のせいであり、そのくせ本人が妙に他人事なのも気になると言えば、気になるというか……結果、誰からも反応を貰えないまま、真木の呟きは生徒会室をサラサラと流れた。
そこで突然、右川は握りこぶしを天高く突き上げたかと思うと、
「よし。でわ出動っ!」
「どこへ?」
雑用ごときにずいぶんやる気だと思ったら、そうではない。
「生徒会執行部が巻き込まれたとあっては黙っておけないじゃん。こうなったら、落書きの犯人を見つけなきゃ」
何を言い出すかと思ったら……時計を見れば、3時半。
そろそろ来ると、覚悟はあった。
「そう来るか。それより何より会長として仕事をしろよ」
こっちがブチ上げるより早く、「マッキー、行くよ!とぅっ!」
マッキーって……まるで躾けた犬をけしかけるみたいに、右川はスッ転ぶ真木の腕を引いて、タタタッと駆け出した。「真木を巻き込むな!」と俺が止めるのも聞かない。少し遅れて遠くから、ぎゃう!と、真木の悲鳴が聞こえるけど……自分からイジられに飛び込むとは。
「真木くんって、ドMなのかしら」
阿木の、それが正解だろう。
双浜学園ミステリー。名探偵とその助手。そんな役割とドラマに酔っているとしか思えない。その大義は、恐らく、雑用を逃れるためだ。
ドラム缶3人組は、ずっと笑い転げている。てゆうか、まだ居たのか。
「阿木さぁん、真木くんはドMというより〝受け〟ですよぉ」
「うけ?」
何だそれ。
あはは!と、3人は何の説明もなく、ひとしきり笑った後、
「あはは!つーか、〝真木を巻き込むな〟って、なんすか?そのオヤジギャグ」
「あはは!沢村先輩ってば、ギャグセン低っく~い」
「あはは!地味に枯れてるぅ~。キャラ立ってますぅ~」
〝つーか〟
〝ってば〟
〝立ってますぅ~〟
先輩に向かって、低いとか、枯れてるとか、地味とか。
実質、生徒会を裏で操るこの議長様に、よくそんな事が言えるな。
こういう時、思うのだ。いや、堂々と言ってやるのだ。
「おまえら、ツブすぞ」

< 12 / 31 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop