God bless you!~第8話「リコーダーと、その1万円」・・・予算委員会
「「「「「そのうち」」」」」
予算委員会の前日。
それなのに、まだ回答の戻らない団体がある。
てことは活動費は要らねーな、という訳にもいかず、それを催促して提出させ、今日中にまとめて1冊に仕上げなくてはならない。
間に合うのか。その事で頭が一杯。今日は授業どころじゃなさそう。
外は朝からずっと小雨が降り続いている。今日の体育館はバスケの天下なので、運動系は隅っこ、校舎棟の軒下、帰宅部に睨まれながら廊下を行ったり来たりを、強いられるのだ。練習場所にどこを取るかは、早いモノ勝ち。
1時間目が終わった。
2時間目が終わった。
3時間目が終わった。
昼休み。
生徒会室に向かっていると、2組の廊下に、重森が居た。
窓際に背もたれ、いつもの吹奏楽の取巻きを従え、いつものようにポケットに手を突っ込み、これまたいつものように通りがかる輩を威嚇している。
通りがかり上、ド突き回してくるバスケ部とは違い、冷やかす訳でもなく、ただただ睨みを利かせているだけ。
その間、俺と目が合っても一言も喋らない。
これはどういう、ネガティブ・アピールなのか。
未だ、回答を寄越さない迷惑団体その1。君子危うきに近寄らず。重森よりは、会計係の方がマシ。扱い易い。話が早い。困ったら、そっちに振ればいい。
俺達はお昼も生徒会室に集い、真木と浅枝に文化系を、桂木には運動系をそれぞれ回らせ、阿木と2人、最後の回答待ちで生徒会室に控えていた。
今日中に、なんとか終わらせたい。
「お昼でカタがつくかしらね。あと7件」
「まずは今年勃発した団体がミソだな。あと、映研。あいつらに限界という単語は無いから」
阿木は、「こういう時、思うのよね」と、しみじみと来て、「強引な所にはどうにか妥協とか、こっちが根負けして少しは値上げとか。なのにウチの茶道部みたいに2つ返事でOKの団体は、少しも便宜を図ってもらえない」
言ったもん勝ちって、こういう事を言うのよねー……と、恨みの籠った流し目をくれた。これはいつかの、桂木の嘆きと似ている。
確かに、文句も言わず、生徒会の提案を大人しく受け入れる団体は、安易に済ませた。バスケとか吹奏楽とか、うるさい奴らほど気を使っている。確かに、納得いかないだろう。
俺だって、バレー部が標的にならないよう、会計のノリとタッグを組んで事に当たっているのだが、「洋士のおかげで、委員会で吊るし上げられずに済むよ」と、ノリは喜んでくれるけど、内心、複雑だ。もう少し上げて貰えたら、女子バレーに遠慮して備品を共用しなくても済むのに。
それより。
「右川は?」
最近、珍しくやる気の右川に〝お昼も集合だぞ〟と伝言メモを残して来た。
だから来る筈。
本来は面と向かってドカンと言いたい所なのだが、休憩時間のたびに席に居ない。授業はギリギリで入ってくる。一体何処に出張しているのか。
だからと言って授業中、女子のように俺発信で手紙を回す訳にも行かないし。
「まだゴハン食べてるんじゃない?」
「いや、居なかった。5組にも仲間の所にも」
まだお宝を求めて、そこら中を彷徨っているのか。
「ねぇ」と、そこで阿木は、ため息にも似た一呼吸を置いた。
「もういい加減、諦めない?人間には、向き不向きがあるんだから」
やりたくないのよ。だったら、しょうがないわよ……と、何でそんなに寛容なのか。
「そうは言っても、最近はどうにか出て来るんだし。だったら、そのやる気を保って」
「どうせ気まぐれでしょ。それとも沢村くんはアレを本気にしてるの?」
「してないけど」 
何か企んでいるとは、確信している。
「とりあえずアイツは会長なんだから、出てくる義務があるだろ」
「それだって、もう、どうでもいいじゃない。生徒会は実質5人で動いてる。それは去年と変わらないんだから」
「冷静にそれを言うなよ。俺が議長でコキ使われてんの、誰のせいだと思ってんの」
「もちろん、右川さんよ」と、阿木は謎めいた。
俺が知らないとでも思っているのか。タヌキめ。
「そーだよ。右川のせいだよ。ちょっとでも俺が可哀そうと思うなら、たまにはガツンと言ってくれよ」
今度は情に訴えてみたつもり。
阿木は意味深にニヤリと笑って、「朝も昼も夜も、そんなに右川さんと一緒に居たいの?」
この有無を言わさない物言い。そしていつかの……あのシーンをきっと思い出している。逃げ場を与えてくれない。これだから女子は!
そこに、桂木達が、それぞれ戻ってきた。
「ダメ。合唱部、まだ納得してくれない」
文芸部も、卓球部も、化学部も。
(無謀な)要望を元に査定。試算。妥協案を提示して、また差し出す。
時間は、刻々と過ぎていく。放課後は……出来れば7時前には帰りたいな。
ふと机の上を見ると、またいつかのBL研同人誌が置かれてあった。
「僕が、戻ってくる途中で渡されました。また新しく作ったからって」
こっちはそれ所じゃない。
〝せとかい!恋愛事情〟
タイトルを見るだけで、正直イライラする。どうあがいても活動費は出ない。3人では部に昇格も無理。無意味なアピールはいつまで続くのか。
もう誰も読んでない……と思ったら、浅枝が熱心にページをめくっていた。
うひゃああ!と、嬉しそうに悲鳴を上げたかと思うと、
「おかげで、眠気が飛びました」
と、正気に戻る。(意外と役に立ったな。)
全員が黙々と計算に戻った。
「これじゃ辻褄が合わないわね」
「阿木さん、音響の機材は軽音部と折半って。どうかな?」
「そうね。それいいかも。そしたら軽音部も少し減るかしら」
そこから仕上がった順に、阿木と手分けして団体に戻して回った。部長を会計係を探して、校内をウロウロしているうちに……昼休みは終わってしまう。
それでもまだ回答が戻って来ていない所に、こうなったら議長自ら、最後通牒を突き付けてやる!とばかり、まずは大掛かりで厄介な演劇部に向かう。
ちょうど校舎棟を出た所で、一気に雨が吹き込んできた。
外はかなりの大雨で、男子がコンビニ袋を片手にズブ濡れで駆け込んできたかと思うと、「まだ昼休みある?終わってね?」髪の毛を伝って流れる雨水を拭いながら尋ねてきた。
「大丈夫だけど、あと10分くらいかな」と教えてやる。
「ヤベ。先輩に怒られるっ!じゃな」
こういう時、思うのだ。俺という存在は、そんなに地味なのか。
おいコラ、1年!俺だって先輩だゾ(怒るゾ)。
芸術棟の階段に差し掛かった時、その先の廊下から、何やら聞き覚えのある声がした。
「あちこち触ってんじゃねーよ。楽器が濡れるだろ!」
重森が居る。そこは、吹奏楽部の牙城。音室と呼ばれる防音の聞いた一画。
そこに……何故だ?
「濡れたって平気だよ。アルトサックスさんは一緒にお風呂入るって言ってたもん。尊いぃ~♪」
右川も居た。
全身透明のレインコートに身を包み、とはいってもズブ濡れ。どこをフラフラしているのか。
見れば、重森だけではなく、部員が4~5人集まっている。
また何でこんな、わざわざ厄介な所に!
「ういーっす、生徒会っす」
声だけで言うと、気心の知れた相手がやって来たと勘違いさせたい所だ。
「お、議長だ」「議長だーっ」「ぎっちょ」「議長ぉ!」「ぎっちょ~」
俺の周りで、屈辱的な大ハーモニーが始まる。
重森の非難めいた目線を避けるように、まず右川に向いて、
「何やってんだよ。お昼は生徒会室に集合だろ」
右川は流れ落ちる水滴を拭いながら、
「うちのプリンスがお世話になってるからさ。ちょっと挨拶に♪」
「プリンス?」
それは、俺も重森も首を傾げた。
「だーかーらー、マッキーだよ♪」
女子がフンと笑った。
「あー、アイツんちって、金持ちだからね」
それには、蔑んだ響きを感じた。真木の気苦労が窺い知れる1コマである。
「挨拶なんて、今さら」と、重森が鼻で笑うと、
「だーかーらー、挨拶という建前で、犯人探しだよ~ん」
ヤバいと思った時には遅かった。
重森はその言葉にピクリと反応して、
「やっぱ俺らを疑ってんのか。あんな幼稚な事するワケねーだろ」
だよな。何を聞かれても、ここではそう来るよな。
「あんた幼稚じゃん。だーかーらーうぎぃ!?」
最後まで言わせない。俺は瞬時に、右川の頭を上から押さえつけた。
「すげー。初めて見た。これ、全部?」
うっかり目に飛び込んできたとは言え、これでもか!と言わんばかりのトロフィー、盾、チャリティーの感謝状。右川のせいで、無駄に持ち上げる羽目になったじゃないか。
重森はどうにか騙されてくれたのか、「それ程でもねぇよ」とか言いながらも、まんざらでもない様子。
「ねーねーねー、これって売ったらいくらになる?」
「触るな、くそツブ!」
音室に所狭しと飾ってあるその類の、色々。キラキラしい栄光の数々。
その殆どは7年前、我が双浜吹奏楽がコンクールを荒らし、派手にその名を轟かせていた頃の物である。その頃は、毎年、吹奏楽部長が生徒会長を歴任していたらしい。……バスケ部が台頭してくる、それまでは。
「これって、チャリティ金額が30万突破した時の?」
1番目立つ所に貼ってある、大きな表彰状だった。嫌でも目に付く。ぴゅー♪と口先で鳴らして、「凄い凄い」と、しょうがないから、ついでに褒め殺し。
「こうやって世間にも貢献してんだから。もっと報われてもいいんじゃないか。俺らって」
重森は俺ではなく、周りの仲間に向けて言い散らした。
「「「「「そだねー」」」」」と、周囲は相変わらず整ったハーモニーを聞かせる。
「そうかな?だってこれってさぁー」と、また爆弾を突っ込みそうになる右川を、再び押さえつけて黙らせた。
「予算委員会が楽しみだな」
重森はニヤリと笑って、トロフィーの1つを愛おしそうに撫でる。
「で、いつごろ出そうなの。回答は」
「「「「「そのうち」」」」」
部員が一斉に声を上げた。
武器はシンフォニー……確かそんなアニメがあったような。
「頼むから。今年は、すんなり行かせてよ。放課後待ってるから。な?」
意味も無く重森にペコペコしながら、俺はズブ濡れの右川を引きずって音室を出た。
今は、こっちが下手に出ておいてやる。
それもこれも、予算委員会が終わるまでの事だ。
< 23 / 31 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop