副社長と恋のような恋を
「書きたいものを書ききったから。それと、ちょうど就活の時期で区切りがよかったから」

「何冊出版したんですか?」

「八冊」

「全部、小説ですか? それともエッセイ本も含む?」

「最後に出した本がエッセイ本だった」

 副社長は遠い記憶を辿るような目をした。

「最後の質問。どうしてバーで初めて会ったとき、自分も作家だったって言わなかったんですか?」

「俺の中では過去のこと。自分が作家だったのかも怪しいくらい遠い日のことなんだ」

 そう言って、私の頬や髪を触っていた手を私のお腹あたりに戻して、目をつぶった。

 副社長はきっと作家という職業に未練はないのだろう。やりきったことにしがみ付いていても、先に進めない。だから作家を辞めたのだろう。

 作家人生の中で書いた八冊の本。私はその本に出会いたいと思った。だからなんとしてでも見つけないと、作家であった副社長を。

「おやすみなさい」

「おやすみ」

 眠れないと思っていたけれど、目を閉じるとゆっくり意識が遠のいていった。

 いつもと違う枕の感触が気になって目を開けた。目の前にはこっちを見ている副社長がいた。

「おはよう」

「おはようございます」

 なんだか恥ずかしくて、布団の中に潜り込んだ。すると布団を勢いよくはがされた。
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