副社長と恋のような恋を
「いるでしょ、隣に」

 そう言って副社長は私の手首を掴んだ。

「あのですね、これは恋愛ネタ実践提供タイムですよね」

「だから、恋人っぽい会話をしてるんでしょ。君も乗ってこないと。ほら、名前」

 手首にあった手は、私の手のひらと合わさった。指がゆっくり動き恋人つなぎになる。

「川島さん」

「え、そっち?」

「そっちですよ」

「今の流れなら苗字じゃないでしょ。マークと同じことしないでよ」

 副社長は手に少し力を入れる。名前で呼べと催促されているようだ。

「あ、あきっ、やっぱり無理です。副社長ですよ。そう気軽に呼べません」

 私は繋いだ手を解こうとすると、向こうは手に力を入れて離れないようにしてくる。

「だめ、離さないから。映画終わるまでこのままだから」

「副社長」

 私が力なくそう呼ぶと、スクリーンのほうへ視線を戻してしまった。

「副社長しか呼べないっていうなら、俺も都築先生って呼ぶから」

「それはやめてください。出版社の人以外で呼ばれたことないんで」

「今は都築麻衣の姿じゃないか」

「そうですけど。これは噂防止のためじゃないですか」

「ただ名前を呼ぶだけなのにの、どうしてこんなに拒否反応を示すのかな」と、副社長は不思議そうに言った。

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