背徳の王太子と密やかな蜜月


「ああ……美味しかった。あなたには何度お礼を言っても足りないわ」


一心不乱に食事を終えたイザベルは、心から男に感謝して頭を下げた。

背後から急所に武器を当てられたときは、どんな恐ろしい風貌の男なんだろうと想像していたが、焚火の炎に照らされた彼の横顔はむしろ逆の印象で、気品さえ感じられた。

無造作に立ち上がったダークブロンドがはらりと一束だけ額に落ち、きりりとした直線的な眉と、ヘーゼル色の切れ長の瞳を引き立てている。細く尖った鼻や輪郭のハッキリした唇は、まるで彫像のよう。

ところどころほつれた枯草色のシャツにベスト、穴の開いたズボンにごつごつしたブーツという服装でなければ、どこかの国の王子と言われても頷ける。


(山賊にしては、ずいぶんいい男ね)


まじまじと彼を見つめていると、じろりと睨まれた。


「小娘。呑気にお礼を言っている場合か? さっきまで死にかけていたくせに」

「小娘って……私、もう大人よ。ついこないだ誕生日を迎えて二十になったんだから。それに、イザベルって名前もあるわ」


男はイザベル、という名に昔どこかで触れたことがあるような気がした。しかし、その記憶を辿ろうとしたがうまく思い出せない。おそらく普段から、過去のことをあまり考えないようにしているせいだろう。

こんな場所でならず者として生活しているのも、その過去に理由があるのだ。


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