好きな人は策士な上司(『好きな人はご近所上司』スピンオフ)
明日も仕事は通常通りにあるために、帰宅しようとする私は壮絶な尚樹さんの足止めにあった。
『やっと想いが本当の意味で通じたのに帰るの? せめて莉歩を抱きしめて眠りたい』
それはそれは凄絶な色香を漂わせた尚樹さんに迫られて、私は半ば強引にお泊りをすることになった。
『化粧品も下着も何もない』と恥ずかしさをこらえて言えば『マンションのすぐ近くにあるコンビニに必要なものを買いに行こう』と言われた。
『帰宅して持ってきます』と言うと『帰宅したら戻って来なさそうだから』と却下された。
結局、着替えは尚樹さんのものを借りることになった。彼氏になった上司は意外にも、我儘だった。
『尚樹さんのお部屋って広いですよね……』
周囲を見る余裕が出てきて、廊下を歩きながら感嘆の声を上げる私。
『そうか? あんまり考えたことないな。この部屋は親父の知り合いの持ち物なんだ。ちなみに家賃はこの辺りの相場を支払ってるよ』
私の前を歩きながら、苦笑して言う尚樹さん。
『お父様って不動産業をなさってるんですか?』
ふと思ったことを尋ねてみる。
『いや、銀行業じゃないけど、両親ともに同じ金融業界の人間』
面白そうに尚樹さんが言う。リビングの手前にある寝室のドアを尚樹さんが開ける。
『莉歩を全部俺のものにしたいっていつも思ってるし、思ってきた』
広々としたクイーンベッドで、私を抱きしめながら尚樹さんは唐突に言う。パジャマ代わりのスウェットから伝わる尚樹さんの熱がじわりと私の体温を上げる。きっと私の頰も耳も赤く染まっている。
数ヶ月前には想像も出来なかった。まさか直属の上司に恋をして、想いが通じて、抱きしめられて眠るなんて。
シャワーを借りて素顔を晒した私を何度も『可愛い』と言っては抱きしめてキスをする尚樹さん。その度に跳ねる心臓をもてあます。私の心はいっぱいいっぱいで右往左往し続けている。
『俺たちは誤解がたくさんあったから、莉歩をもっと知って、莉歩にも俺を知ってもらって、それから莉歩を抱かせて』
照れることなく真っ直ぐに言う尚樹さんの言葉に胸がキュウッと締めつけられた。
幸せすぎて泣きたくなった。恥ずかしさもあるし、緊張だってある。だけど、正直で真摯な尚樹さんの言葉はとても嬉しい。
『俺はこれから先、莉歩を手離すことはないから。逃がさないから、覚悟してて。俺、どうやら独占欲が強いみたいだから』
少年のようにあどけなく笑うくせに、言葉はどこまでも欲張りで、私を翻弄する。
『莉歩をずっと抱きしめていたい』
振りきれてしまいそうな私の鼓動に気づいているのか、いないのか。
吸い込まれてしまいそうに綺麗なチョコレート色の瞳で尚樹さんは妖艶に微笑む。私はただ顔を真っ赤にして尚樹さんの胸のなかで身じろぎすらできずにいる。
『この部屋には、莉歩以外の女の子が入ったことはないし、これからも入れないから安心しろよ』
そう言って笑う尚樹さんはやっぱり私の考えを読むのが上手すぎる。
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