好きな人は策士な上司(『好きな人はご近所上司』スピンオフ)
「莉歩、これを見て」
私の腰に手を回したまま尚樹さんが紙の束を差し出した。それは月初に回覧される社報。指差された箇所を見ると尚樹さんの名前があった。
『東京営業統括部次長 桔梗尚樹』
東京営業統括部次長って……!
その高い地位に驚く私に尚樹さんが更に違う箇所を差し示す。
『東京法人戦略部 藤井莉歩』
「わ、私!?」
どうして私の名前があるの?
「莉歩、一緒に東京で暮らそう」
当たり前のように話す尚樹さんに驚きが止まらない。
「ええっ!? 私、合格したの?」
更に驚いて声を上げる。
「勿論、おめでとう、莉歩」
自分のことのように尚樹さんが喜んでくれる。
「な、何で東京本部なの? 法人戦略部と営業統括部って確か同じ本社ビル、まさか!?」
尚樹さんを見ると彼は妖艶に微笑む。いきなりすぎて頭が回らない。
「久住部長と峰岸と潤に、貸しを作って借りを返してもらった。支店長と河田さんにも力を貸してもらった」
何でもないことのように尚樹さんが言う。
「な、んで、そんな……」
転勤先なんて選べるはずないのに、そんなこと出来るわけがない。こんな大きな会社で個人の希望が通るはずはない。そんなことは不可能だ。
ドクンドクンドクン、鼓動が暴れだす。
「莉歩、俺が出張してた理由を知ってる?」
小首を傾げて尚樹さんが尋ねる。
「え?」
突然の質問の意図がわからず聞き返す。
「莉歩と離れないため」
尚樹さんはいたずらっぽく笑って説明してくれた。
兼務している本部への報告もあったらしいけれど、大半は転勤の根回しだったらしい。
私が職種変更を希望していることを知らなかった尚樹さんは、それこそ随分前から結婚して、私を東京に連れていこうと考えてくれていたらしい。
「俺自身が遠距離恋愛は耐えられないから。自分勝手だとわかっていたけれど、莉歩を説得して都内の支店で勤務してもらおうと思っていた」
ばつが悪そうな表情で尚樹さんが俯く。
そのために自分が再び本部の他部署勤務か、支店勤務になるために画策していたという。私の職種変更を知って、合格を確信していた彼は慌てて行動を起こした。私の異動先を自身と同じ本部か都内の支店になるように動いたのが今回の出張だったそうだ。
「全部私の、ため?」
あんなに忙しそうに働いていたのは、私のためだったの?
全然知らなかった。私は何もわかっていなかった。こらえきれない涙が溢れた。
何て、何てことをするの。
全然知らなかった、わからなかった。
ううん、わかっていなかった。
尚樹さんはこんなにも私を想っていてくれたのに、私は自分の目に見えるものだけしか信じていなかった。
私の腰に手を回したまま尚樹さんが紙の束を差し出した。それは月初に回覧される社報。指差された箇所を見ると尚樹さんの名前があった。
『東京営業統括部次長 桔梗尚樹』
東京営業統括部次長って……!
その高い地位に驚く私に尚樹さんが更に違う箇所を差し示す。
『東京法人戦略部 藤井莉歩』
「わ、私!?」
どうして私の名前があるの?
「莉歩、一緒に東京で暮らそう」
当たり前のように話す尚樹さんに驚きが止まらない。
「ええっ!? 私、合格したの?」
更に驚いて声を上げる。
「勿論、おめでとう、莉歩」
自分のことのように尚樹さんが喜んでくれる。
「な、何で東京本部なの? 法人戦略部と営業統括部って確か同じ本社ビル、まさか!?」
尚樹さんを見ると彼は妖艶に微笑む。いきなりすぎて頭が回らない。
「久住部長と峰岸と潤に、貸しを作って借りを返してもらった。支店長と河田さんにも力を貸してもらった」
何でもないことのように尚樹さんが言う。
「な、んで、そんな……」
転勤先なんて選べるはずないのに、そんなこと出来るわけがない。こんな大きな会社で個人の希望が通るはずはない。そんなことは不可能だ。
ドクンドクンドクン、鼓動が暴れだす。
「莉歩、俺が出張してた理由を知ってる?」
小首を傾げて尚樹さんが尋ねる。
「え?」
突然の質問の意図がわからず聞き返す。
「莉歩と離れないため」
尚樹さんはいたずらっぽく笑って説明してくれた。
兼務している本部への報告もあったらしいけれど、大半は転勤の根回しだったらしい。
私が職種変更を希望していることを知らなかった尚樹さんは、それこそ随分前から結婚して、私を東京に連れていこうと考えてくれていたらしい。
「俺自身が遠距離恋愛は耐えられないから。自分勝手だとわかっていたけれど、莉歩を説得して都内の支店で勤務してもらおうと思っていた」
ばつが悪そうな表情で尚樹さんが俯く。
そのために自分が再び本部の他部署勤務か、支店勤務になるために画策していたという。私の職種変更を知って、合格を確信していた彼は慌てて行動を起こした。私の異動先を自身と同じ本部か都内の支店になるように動いたのが今回の出張だったそうだ。
「全部私の、ため?」
あんなに忙しそうに働いていたのは、私のためだったの?
全然知らなかった。私は何もわかっていなかった。こらえきれない涙が溢れた。
何て、何てことをするの。
全然知らなかった、わからなかった。
ううん、わかっていなかった。
尚樹さんはこんなにも私を想っていてくれたのに、私は自分の目に見えるものだけしか信じていなかった。