大江戸ロミオ&ジュリエット
膳の支度をしていたおせいが、志鶴に気づくといきなり畏まって平伏した。
「御新造さま……いくら奥様のお云いつけとはいえ、今までとんだ無礼をして、誠にすまんこってす」
「おせい、頭を上げてちょうだいな。
おまえは当然至極のことをしただけじゃ。
姑上様のお云いつけを守るのが、この松波で奉公する者の御役目ではないか」
志鶴にはかようなことよりも、おせいがこれからは心を開いて接してくれさえすればよかった。
「それと……もう一つ、お詫びせにゃならんことが……」
おせいがおずおずと切り出した。
「御家のこたぁ外で云っちゃいかんのは重々わかってるこってすが……だけど、奥様の仕打ちがあんまりだもんで……あたい、町家の知り合い連中にぺらぺらしゃべっちまって……」
町家の噂話の出処はおせいだったのだ。
道理で噂話なのに、ほぼ事実であったはずだ。
「此度のことは、わたくしも助かったゆえ大目に見るが、これからは奉公人としての御役目を忘れるでないぞ」
志鶴は一応そう窘めておいてから、
このことは多聞であろうと決して他の者には申さず、我が胸の内のみに留めておく、と告げた。
途端に、のっぺりとした顔が緩んで、年頃のおなごらしい笑顔になった。
「……おせいはそうやって笑った顔の方が、可愛いわ」
思わず志鶴が云うと、おせいは真っ赤になって、
「御新造さまのような『北町小町』から、そんなこと云われるなんてっ」
目の前で手のひらをぶんぶん振った。
そして。
「ここの奉公人でも、あたいらみたいなもんは初めからみんな『北町小町』としゃべってみてぇと思っとったんで」
おせいは俯いて、お仕着せの前掛けをきゅっと握りながら、はにかんで云った。