大江戸ロミオ&ジュリエット

多聞は改めて、目の前の梅ノ香を見た。

祝言の夜、初めて志鶴の顔を間近で見たとき、確かに「おさよ」に似ている、と思った。

されども、志鶴とおさよ(・・・)とは気性がまったくと云っていいほど違った。
なので、いつの間にか二人の面立(おもだ)ちが似ていることは気にならなくなった。

むしろ、おさよにはない、志鶴の愛らしいながらも凛とした気品あふれる面立ちの方を好むようになり、果ては我が妻の顔を心ゆくまでずっと見ていたい、とまで思うようになったのだ。

夫の寝間に呼んでも、夜半には妻が自室へ帰ってしまうのが武家のしきたりである。

なのに、多聞が嫌がる志鶴を説き伏せ、武家の夫にはあるまじき、妻の寝間で寝起きを共にするという考えに至ったのは、それゆえだ。
目覚めたときにはいつも、志鶴の顔が其処(そこ)にあってほしかったからだ。


多聞はもう一度、梅ノ香を見た。
あの頃のおさよ(・・・)はもういない。

そして……やっぱり、我が妻と似ているとは思えなかった。


見習い与力だったあの頃から、

……もう十年の(とき)が流れていた。

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