大江戸ロミオ&ジュリエット

「も…申し訳ありませぬ」

志鶴は頭を下げた。

「今、何刻だと思っておる。
あぁ……『北町』では、朝はごゆるりとなされておるのじゃな。それはまぁ、なんと優雅なことじゃ」

富士はふっ、と笑った。
……が、目は笑っていない。


あの多聞(たもん)を産んだだけあって、流石(さすが)に美しい面立(おもだ)ちをしていた。

志鶴はなにかに似ていると思うた。

……そうだ、お能の「増女(ぞうおんな)」の面だ。

増女は「熊野」や「江口」などの演目で、天女や神女などを演ずる際に使われる面なので、決して般若のような激しい顔つきではない。

だが、生身の女でない分、えも云われぬ(おそ)れと(おのの)きが湧き上がってくる面である。

< 44 / 389 >

この作品をシェア

pagetop