大江戸ロミオ&ジュリエット

「……申し訳ありませぬ」

志鶴はさらに頭を低くして詫びた。
そこから、言葉が続くことはなかった。

どうしても、姑に云われて旦那さまとは御目通りが叶いませぬ、とは云うわけにはいかぬ。

云えば、姑に逆らうことになるからだ。

たとえ、それがどんなに理不尽でことであろうとも、嫁が姑に逆らうなどとは(もっ)ての(ほか)だ。

御家(おいえ)の中での「嫁」にとって、「夫」は無論のこと、「舅」も「姑」もただひたすらに御仕えすべき「主君」である。

武家とは、かようなものだ。
口答えなど、だれが許されようか。

ましてや、志鶴は昨日嫁いでいたばかりだ。

即刻、実家(さと)へ帰されるやもしれぬ。
さすれば、今度は実家の「恥」となる。

「恥」こそ、武家にとっての沽券にかかわることだ。

しかも、志鶴は「北町」から「南町」に送られた親睦のための「使者」の御役目も担っているのだ。

辛抱をするのは至極当然と、元より覚悟で輿(こし)入れしてきている。

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