大江戸ロミオ&ジュリエット

「さすれば……そなたはわしの世話も見送りも出迎えも一切せぬと云うのじゃな」

志鶴は一切なにも云わず、伏したままだった。

多聞の「妻」としての務めを果たしたいが、そうすれば松波の「嫁」としての務めが果たせぬ。

志鶴は板挟みであった。

だが、ここはすべて自分が抱えて、たとえ「悪者」となっても辛抱するしかあるまい。

所詮「嫁」とは、かような役回りだ。


「……強情なおなごでござる。
無体な御奉行の世迷いごとで、来とうもない『南町』に連れて来られたおぬしを、今の今まで不憫に思うてござったが」

多聞は呆れ果てた声音で告げた。

「町家の連中から『北町小町』などと持ち上げられたばかりに、気位(たこ)うて高飛車なおなごじゃという噂は本当(まこと)であったということでござるな」

志鶴の身が固くなる。
なにを置いても一番、心が冷える言葉であった。


……旦那さまもにも、さような噂が耳に入ってござったか。

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