大江戸ロミオ&ジュリエット

「もう、よい……とても……気にはなれぬわ」

多聞の冷え切った声が、(ねや)に響く。

「……下がれ」

目の端に映る嫁入りに支度した色鮮やかな夜着が、行燈(あんどん)(ほの)かな明かりに、白々しく浮かび上がる。

御寝(おやす)みなされませ……旦那さま」

そう云って志鶴が顔を上げたとき、多聞は既に(せな)を向けていた。

今日は一日、まともに夫の顔すら見られなかった。

……志鶴は静かに(ふすま)を閉めた。

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