目覚めたら、社長と結婚してました
「な、なんで笑うんですか? 私は真面目に聞いてるんですよ!」

「そうだな、普通はそう思うよな」

 彼はおかしそうに自分の前髪をくしゃりと掻いた。その顔にはやっぱり笑みが浮かんでいて、普段の社長からは想像もつかないような表情だった。

「ひとりで納得してずるいですよ。ちゃんと話してください」

 見惚れてしまったのが悔しくもあり、私はむくれた口調で告げる。

「追い追いな。今日はここまでだ」

 社長が自身の腕時計に目をやったので私もつられて時間を確認した。時計の針は八時を回っている、面会は一応午後八時までとなっているので、もういい時間だ。

「お忙しいのにすみませんでした」

 つい社長に対する恐れ多さから謝罪の言葉を口にすると、彼はなだめるかのように私の手に軽く自分の手を重ねた。その左手の薬指にはやっぱり指輪がはめられている。

「また元気になったら連れてってやる。だから今はおとなしくしておけ」

「子ども扱いしないでください」

 小さく抗議するも、私の心臓は早鐘を打ち始めていた。彼は余裕のある表情を崩さない。さらにそのままゆっくりと顔を近づけられ、私は硬直してしまった。

 重ねられていただけの彼の手が私の指先を握り、額よりもやや上の位置に唇を寄せられる。髪に触れられるだけのキス。

 正直感触もよくわからなかったけれど、されたことを意識し、それだけのことに私はおもいっきり動揺してしまった。

 さらに慈しむように頬に手を添えられ、至近距離で彼の漆黒の瞳に捕えられる。

「また明日も来る。ちゃんと寝ておけよ」

「……はい」
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