目覚めたら、社長と結婚してました
「そんなに驚くか?」

「お、驚きますよ。だって私、バーなんて行ったことありませんし」

 正直、自分のことなのに意外すぎて信じられない。お酒もそんなに強くないし、多少の憧れはあるものの行ってみようと思ったことさえない。

「『Lieblings(リープリングス)』っていう小さなバーだ。マスターがひとりでやってて、ヒンメルビルの五階の端に入っている」

 次々に情報を与えられるが、まったく思い出せない。ただし。

「リープリングス……」

 私は自然と店名を口にした。

「店の名前に覚えはあるだろ?」

 社長の言う通りだった。店の名前は初めて聞くものじゃない。ただし、それはバーの名前としてではなくて……。

 記憶を引き出そうとするのを断念し、話を続ける。

「それにしても、私がバーなんて。誰かに連れて行ってもらったんでしょうか?」

「いや、お前は最初からひとりで来てたけどな」

 ますます理解できない。私がひとりでバーに行くとは、一体どんな心境の変化があったのか。自分のことなの想像もつかない。

 あれこれ思い巡らせ、本調子ではない頭でひとつの結論を導き出した。

「もしかしてあれですか? 社長がよく行っているのを知って、お近づきになりたいがために私はひとりで足を運んだとか?」

 といっても、社長とお近づきになりたいと思った覚えもない。でも他にどんな理由が?

 つい眉をひそめ確認するように聞くと、目の前に信じられない光景が飛び込んできた。社長が口元に手を当て堪えながらも、喉を鳴らして笑っている。うつむき気味になっているが、見間違いではない。
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