目覚めたら、社長と結婚してました
「でもちょっとお店が遠くなったから、次はいつ来られるかわかりませんし」

 言い訳めいたものを口にすると彼の指先が私の頬に軽く当てられた。

「柚花が望むのなら、また連れて来てやるから」

「……ありがとうございます」

 すごいな、奥さんの特権って。

 彼は元々、それなりに女性の扱いに慣れている人だったから、私に対する優しさも意識するほどのものでもないのかもしれない。

 こういうところが女性が絶えない理由だったのかな。でも、今は私だけなんだ。

 左手の薬指にはめられているお揃いの指輪がそう強く思わせてくれる。幸せだったんだな、私。怜二さんみたいな人と結婚できて。

 一度、伯母の家に寄って自分のものをまとめた。怜二さんも伯母に挨拶したいと言ったので、ふたりで車を降りる。

「怜二さん、柚花のことよろしくお願いします。柚花、日中ひとりで心配だったり、なにか困ったことがあったら遠慮なくここに来るなり、連絡してね」

「すみません、奥村さん。またなにかとお世話になるかもしれませんが」

 私の荷物を持った怜二さんが頭を下げている。自分の身内と彼がやりとりするのを見るのは、新鮮でなんだか不思議な光景だ。

「伯母さん、本当にありがとう」

「いいのよ、またね」

 私も頭を下げると、伯母は朗らかに手を振ってくれた。再び車に乗り込んだところで私は背もたれに体を沈め、ちらりと運転席に座る怜二さんの横顔を見つめる。
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