目覚めたら、社長と結婚してました
「大丈夫か?」

 ふと声をかけられ、我に返る。ぎこちなくベッドの傍らにある椅子に腰かけている彼に顔を向けた。簡素な椅子は彼と対比すると、どうもアンバランスだ。

 そう、旅行したかどうかなんてたいした問題じゃない。記憶が抜け落ちているとはいっても精々半年だ。タイムスリップしたんじゃないか、と馬鹿なことを考えたりもしたが、あまり悲壮感はなく冷静さは保っていた。

 それは記憶をなくした、という事態よりもさらに上をいく状況が私を待っていたから。どうやら私は、この半年のうちにとんでもない人生の岐路に立っていたらしい。

 衝撃的事実。なんと私は自社の社長である彼と結婚して一ヵ月になるんだとか。これは、なんの罰ゲーム? もちろん彼にとって、だ。

 整った顔立ちの社長をじっと見て、失礼を承知で私は盛大に肩を落とした。

「……世の中、間違ってる」

「間違ってんのは、お前の頭だろ」

 ひとり言にすかさずツッコミが入る。まぁ、そうですね。仰る通りですよ。でも私と社長ですよ!?

 社長はたしかにカッコいいし、仕事もできる人だ。モテないわけがない。憧れる女性社員なんて後を絶たなかった。でもその分、連れている女性が毎回違う、なんて話も聞いたことがある。

 遠くから見る分にはいい。だからってそんな彼と結婚していたという事実をにわかに信じて、手放しで喜ぶなんて無理だ。

 ちらりと彼を窺うと、なんともいえない微妙な表情をしている。
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