目覚めたら、社長と結婚してました
「本当に、なにも覚えてないのか?」

 顔をつらそうに歪めて、心配そうに聞いてくる。その表情に胸が軋んだ。

「……ごめん、なさい」

 だからもう私は謝罪の言葉を口にするしかない。社長は大きく息を吐く。

「謝ることないだろ。記憶が抜け落ちていること自体はそこまで大きな問題じゃない。頭は後からが怖いんだ」

 それは先生からも聞いた。記憶とは曖昧で、ふとした瞬間に甦るかもしれないし、そのままかもしれない。でも記憶障害とか、これ以上ひどくなる可能性もないとは言い切れない。

 おかげで私は様子を見るため今日と明日は入院することになった。社長は腕時計を確認して、おもむろに立ち上がる。

「柚花。奥村(おくむら)さんに連絡しておいたから、あとで必要なものを持ってきてくれると思う。俺も今日、遅くはなるだろうが、面会時間内にもう一度必ず顔を出すから」

「あ、いえ……」

 そんな気遣い無用ですよ、と言おうとしたところで、彼はまっすぐにこちらを見てきた。

「退屈だろうが、活字は我慢しろ。ぼーっとしておけ。得意だろ?」

「どういう意味ですか?」

 むっとして答えると社長はかすかに笑った。対する私の心は大きくざわつく。

 彼が部屋から出ていき、私はいそいそとベッドに潜った。

 時間の経過は本当らしい。さっき自分の姿を鏡で見て驚いた。肩につくかつかないかで揺れていたストレートの黒髪は、十センチ以上伸びている。

 こんなに伸ばしたのは久しぶりだ。そろそろ美容院に行こうと思っていたのに。どういう心境の変化?
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