Some Day ~夢に向かって~
文化祭の話し合いが終わったのは、いつもより1時間程遅くなった頃だった。

「先輩、また明日です。」

「ああ、じゃぁな。」

笑顔で俺にそう告げると、水木は岩武と並んで、教室を出て行った。

〃よかったら、一緒に帰ろうぜ〃

のどまで出かかった言葉を口にすることは出来なかった。今日は予備校もない、夜またメ-ル送ってみるかな。

でも昨日は、随分長い時間付き合わせてしまった。水木には迷惑だったろうな。

一目惚れだった。

あの時、俺は自分でも驚くくらい緊張していた。これでも甲子園の大観衆の中で何度も投げて来たんだ、人前に出るのなんか平気な・・・つもりだった。

でも、ゴ-さんに呼ばれて、教室に入ろうとした俺は一瞬足がすくんだ。転校生って、あんな気持ちになるんだろうか?

でも俺はもともと通ってた学校に戻っただけだった、だけどそこで待っていた奴らとはほとんど面識もなく、また1つ年下の連中であることに、俺はなぜか異様なプレッシャ-を感じてしまっていた。

通り一遍の挨拶をするのが精一杯だった俺は、逃げるようにゴ-さんに言われた自分の席に向かった。その時、心配そうに俺を見つめる彼女の姿が目に入った。

(可愛い・・・。)

他の奴らの顔なんて目に入らなかった、沖田や塚原がクラスにいることは、ゴ-さんから聞いて知っていたのに、あいつらがどこにいるかさえもわからなかった。

なのに、俺の隣になる席に座っていたあの子の顔だけは、はっきり見えた。

心の動揺を隠そうとしたのか、席に着く時、俺は思わず彼女に会釈していた。ビックリしたような表情だったが、慌てて会釈を返してくれた彼女の仕種に、俺は完全に心奪われてしまった。

始業式の日のそれからの記憶は、ほとんどない。気が付けば、彼女の事ばかり考えてる自分がいた。

翌朝、俺は教室に入る前に、職員室のゴ-さんの所に顔を出した。

「どうした?」

「頼みがあります。」

「なんだ?また改まって。」

「席替え・・・。」

「席替え?」

「席替えなしでお願いしたいんです。」

俺が何を言ってるのか、理解できなかったゴ-さんは少し俺の顔を眺めていたが、やがてニヤリと笑った。

「そうか、わかった。」

「ありがとうございます。」

我ながら図々しいお願いだとは思ったが、笑って受け入れてくれたゴ-さん。俺は野球部の顧問がゴ-さんだったことにこの時ほど感謝したいと思ったことはなかった。

教室に入った俺はいよいよ彼女に声を掛ける、そのきっかけ作りの為に教科書をわざと持って来なかったのは、前にも言った通りだ。

俺の頼みを予想通り、彼女は快く受け入れてくれた。机を寄せて、名前を聞いた俺に彼女はなぜか緊張しながら答えてくれた。

水木悠・・・先生や後輩達に聞こうと思えば聞けた彼女の名前、だけど俺は彼女の口から聞きたかった。悠、いい名前だな・・・。

でも、その日の俺たちは、ぎこちないまま。俺はなんとか話題を見つけて話し掛けるんだが、会話が続かない。

だが、思いもよらない幸運が訪れたのは、学校が終わった夜だった。時間がなくて、まあまあ通いやすいというだけで決めた予備校が、なんと水木と一緒だったんだ。

残念ながら教室は違っていたが、このチャンスを逃すことは出来ない。俺は授業が終わると、急いで自転車を取りに行ってから、水木を待ち構えた。

誰か友達と一緒だったら困るなと思っていたが、幸い彼女は1人で歩き出した。

でも、どこまで帰るのか知らないが、こんな夜遅くに1人で帰るなんて危なすぎる。俺は慌てて彼女を追った。

送るという俺に、彼女は大丈夫と言うが、俺は強引に一緒に歩き出した。少し並んで黙って歩いていたが、やがて彼女の方から初めて話し掛けて来た。

彼女は俺の肩のことを知っていた、甲子園まで応援来てくれてたらしい。もう投げられないことを伝えると、彼女は涙を流した。その優しい気持ちが俺は嬉しかった。

今日だってそうだ。文化祭に初めてまともに参加できるって俺が言ったら、あいつはまるで自分のことのように笑顔を見せて喜んでくれた。

俺はもう水木に惹かれて行く一方なんだ。

だけど、あんないい娘になんで彼氏がいないんだろう。不思議でしょうがない、よっぽど理想が高いんじゃねぇかな・・・?

それに今の俺にたちはだかる大きな壁、それは受験だ。野球一筋なんて言えば、聞こえはいいが、要は勉強なんか全然しなかったし、しようとも思わなかったツケは自分に全部降りかかって来ている。

予備校のクラスを見れば、俺なんかとは住む世界が違ってるのは知ってるけど、水木だって受験生には変わりがない。俺の勝手な思いで、あいつに迷惑をかけるわけにもいかないよな・・・。

かくしてうじうじ悩むだけで、一歩も踏み出せない、もうすぐ19歳の俺、白鳥徹。我ながら情けねぇ・・・。
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