彼の隣で乾杯を
「ね、お風呂に行こうよ。温泉。大浴場の温泉」
早希が腕時計を見てそわそわとしている。

「そんなに急がなくても温泉は逃げないよ?」
クスクス笑うと
「いいから早く着替えて。温泉~」
ぐいっと浴衣を押し付けてくる。

「この旅館のお庭の散策はどうなったのよ?」
「んー、まず温泉」
ぶっと吹き出してしまう。「その温泉への執着は何なのよ」

「いいのー、早く入りたいの。時間なくなっちゃう」
「ご飯まではまだ時間あるでしょうに。ま、わかった、わかった。行こう」

よいしょっと立ち上がると、早希はきらきらっと目を輝かせる。
早希がそんなに温泉好きだとは知らなかった。

「でも、部屋のお風呂も素敵だけど?」
「あ、そっちはいいの。食後とか寝る前に由衣子がどうぞ」

あれ?
「部屋の内風呂も露天風呂も温泉だけど?」
「いいの、いいの。さ、大浴場行こうー」

そう言ってどんどん着替えてしまう。
いつもならせっかちなのは私の方なんだけど。早希の態度に弱冠の違和感を感じたけれど、この非日常な空間のせいなんだろうな。
せっかくだから私もこの非日常を満喫しようと、浴衣に着替えた。


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