もう一度、愛してくれないか

風呂から出てリビングに行くと、入れ違いに妻がバスルームへ向かう。

「ビール呑むんでしょ?テーブルにおつまみの小鉢があるから」

冷蔵庫を開けてスーパードライを取り出そうとしていたおれに、妻が声をかける。

「あ…あぁ、サンキュ」

ダイニングテーブルに視線をのばすと、初夏らしい涼しげなガラスの小鉢に、(アジ)の南蛮漬けがあった。この部屋にはない器だった。
東京から持ってきたのだろうか?

ダイニングチェアに腰を下ろし、リモコンでテレビを点け、いつものようにテレビ大阪の「経済情報」という名の金の亡者のための番組を見ながら、スーパードライのプルトップを開けた。
一息で、ぐーっと呑めるところまで呑む。

「ぅーん……ぅまいっ!」

南蛮漬けを食うために箸を取る。
おれも息子も、酢の酸っぱさが得意でないから、妻のつくる南蛮漬けは酸っぱさを抑えてある。
南蛮漬けの鯵を口の中へ放り込む。

……やっぱり、さほど酸っぱくない。

妻の味、だった。

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