向日葵
散々使い古しているそれは、幾分汚れている印象だった。


それでも何故かいつも、陽平はこれを使い続けていたのだけれど。



『ずっと雨宿りしてんの?』


そんな台詞を思い出し、“ありがと”とだけ言って傘を受け取ってみれば、彼は少しの安堵の表情を見せて。



「これで俺も、身辺整理が出来たし。
だからもう、心置きなくムショで暮らせるわ。」


「陽平!」


「泣き事なら俺じゃねぇヤツに言えよ。
これ以上シャバに心配事残しときたくなんかねぇし。」


「―――ッ!」


「それにほら、最後はビシッと格好良くサヨナラしてぇじゃん?」


「…陽平…」


「じゃあな、夏希。」


そんな言葉を残し、彼はきびすを返して地下街へと足を進めた。


スウェットもカチューシャも健康サンダルも、全然格好良くなんてないけど、でも、今までで一番本当の陽平と話が出来た気がして。


利用してるだけだとか、利害関係だったんだとか、そんなことしか思ってなかったことに、今更ながらに心の中で謝罪してしまう。


これからどうしたら良いのかなんてわからないけど、でも、泣いてたってどうにもならないから。


不安な気持ちを押し殺すように、手に持つ傘をきつく握り締めれば、陽平の言葉が胸に沁みた気がした。


もうきっと、クロと戻ることはないんだろうけど、それでもそれだけが幸せじゃないはずだから。


相変わらず下手くそな歌を歌い続ける兄ちゃんのように、あたしも探し続ければ見つけられるのかな、なんて、そんなことを思ってしまって。


立ち上がり、歩き出そうとした刹那、瞳に映った人物の姿に、思わず目を見開いた。



「ねぇ、突然で悪いけど、ちょっと来てくれない?」


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