向日葵
携帯ひとつあれば、必要最低限の情報は入手することが出来た。


そこに先日、海開きが行われたのだと書いていたけれど、でも、あたしには全くの無縁の話だった。


だって別に泳ぎたいとは思わないんだし、第一海に行けば、またクロのことを思い出してしまうじゃない。


少しばかり仕事の量を増やし、クタクタで疲れ果てて家に帰って眠るんだけど、そんな時に限ってあの人の夢ばかり見る。


本当に、末期の重病だ。


仕方なく香世ちゃんから病院のパンフレットを貰っていたことを思い出し、それを眺めているうちに、気付けばあたしは予約の電話を入れていた。


で、行ってみたのが一昨日の話。


最初は日常会話って感じで、先生に対し、人の良さそうなオッサンって印象を持ったっけ。


これなら通えるのかもなと、そう晩ご飯を御馳走になりながら香世ちゃんに言えば、彼女は心底嬉しそうな顔をしていた。


その日は泊まることなく帰ったんだけど、あたしにとっては大きな一歩になった気がした。


いつかもし、偶然にもクロに会えたとしたなら、その時のあたしは笑っていたいと思ったから。








「面会ですね?
でしたらこちらに記入していただいて、印鑑と身分証の提示をお願いします。」


7月も終わりに差し掛かっているってのに、薄汚れた壁には花火大会ではなく、防犯を呼び掛けるポスターが貼られていた。


“留置管理室”と書かれた扉の前に立てば、制服を着た管理官のそんな言葉と共に、一枚の紙切れが差し出される。


中の様子は慌ただしそうで、別に悪いこともしていないのにあたしは、やはり警察と言う人間に無意識のうちに壁を作ってしまうことは否めない。



「…あの。」


「はい?」


「アイツ、大丈夫ですか?」


「えぇ、最初は多少落ち込んでましたが、今は食欲はありますよ。」


そう言った30代だろう管理官は、一通りの事務的な説明をし、そしてあたしにロッカーの鍵を手渡した。


中には何も持ち込めないため、バッグ等はそこに入れておくことを義務付けられているらしい。


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