臆病でごめんね
いつも人に遠慮して、小さくなって生きて来た。

理不尽に責められたり、嘲笑われたりして、言いたい事は山ほどあったけどひたすら無言で耐えて来た。

だけど今回だけは。

この恋だけは手離したくない。

私はエレベーターホールまで到達していた二人の元に駆け寄った。

そしてずっと手にしていたモップを思い切り頭上に掲げる。


「!何をする!」


副社長が発した声は無視して、そのまま本丸さんめがけて振り下ろした。

私達の清く美しく、純粋な恋路を邪魔する悪魔めがけて。


「やめろ!」


その後の景色はまるでスローモーションのようだった。

最大限に目を見開いたまま、硬直している本丸さん。

彼女を押し退け、その前に立ち塞がる副社長。

『あ』と思ったけれど遅かった。

モップの先端は副社長の頭部にヒットした。

糸の切れた操り人形のようにその場に崩れ落ちる彼。

瞬く間に、尋常じゃなく大量に、床に広がる赤い液体。


「副社長!」


いつも澄ましてお高くとまっているあの女から発せられたとは思えない、甲高い悲痛な叫び声が辺りに響き渡る。

その場に呆然と立ち尽くしていた私は、騒ぎを聞き付け、駆け付けたらしい警備員に瞬時に取り押さえられた。
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