伯爵令妹の恋は憂鬱


「あなたを俺のものにしたい。一緒にいたい。だけどあなたはまだ、女性としては花開いたばかりだ」

マルティナにはトマスの言いたいことがわからなかった。きょとんとして見上げていると、トマスは苦笑して、手をマルティナの鎖骨に移動させた。
骨の形を指でなぞられ、マルティナは体を震わせた。
トマスに触れられることはもちろん嫌じゃない。だけど、今までと違う触れられ方をされていることは分かった。
まなざしにも、これまでは見せてくれなかった男としての欲が垣間見える。

ぞくりと、マルティナの背中をなにかが伝った。それを望んでいるような怖いような不思議な気持ちだ。
トマスはマルティナの怯みをすぐに察知し、従者のころと変わりない笑顔を見せ、彼女の頬を撫でた。
途端に、マルティナはホッとして力が抜ける。

「……もう少し、恋人期間を楽しみたいなと思っています。こういったことも、ゆっくり進めたらなと」

「トマス。でも私」

「一足飛びにあなたのすべてを奪ってしまうのは、もったいないような気がして。それに、式をするときには、フリード様やエミーリア様、それにギュンター様も招待したいし。由緒正しい両伯爵家をお呼びするのには、俺の財力も心もとないので。……マルティナ、少しだけ待ってもらえますか」

トマスの本音も半分はあるだろうが、もう半分はマルティナの気持ちをおもんぱかってくれたのだろう。
マルティナはキスのその先をまだ知らない。今まで頑なに子供であろうとしてきたのだから。
大人にしてくれるのがトマスであってほしいという願いはもちろんあるが、時間をかけたいと言ってくれたことにホッともしている。

「それも含めて、明日、フリード様にちゃんと説明するつもりです」

義理堅くそういってくれることも、マルティナは嬉しかった。
勘当してくださいと言って家を出てはきたが、やはりマルティナにとってフリードは大切な兄なのだ。

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