伯爵令妹の恋は憂鬱


それぞれが馬車で到着した伯爵家では、使用人たちがあわただしく働いていた。


「準備は整っておりますよ、ベッセル殿」


憮然とした表情で新婚夫婦を迎え入れるのはミフェルだ。留守番の彼は、執事とともに会場準備を任されている。


「お手数をおかけして申し訳ありません。ミフェル様」

「いーえいえ、フリード様のご命令ですから?」 


トマスは、悠々と笑いかけ、マルティナはいまだミフェルには苦手意識があるのか、彼のうしろからひょこりと顔を出すにとどめる。


あれから一年の間に、トマスが経営するホーニヒ・シュムック商会は順調に成功した。
フリードとギュンターが出資しているという前提があるので、売り込みに困ることはなく、出だしから順調だった。今では、クレムラート領のあらゆる宿屋に昔ながらの製法で作られた蜂蜜酒が卸され、ベルンシュタイン領では、水あめと混ぜた蜂蜜飴が、鉱山で掘削作業に従事する者たちの間で人気だ。

これまでは相談役という立場だったディルクも、会社の順調な滑り出しに、トマスだけでは手が回らないと判断し、現在は共同経営者という形で籍を置いている。

つまり、ディルクとトマスは現在爵位の有無を除けば同じ立場にあり、ミフェルはもうトマスをないがしろにはできないのだ。

今もいやいやながら、ディルクに対するのと同じくらいの敬意を払っている。
トマスからすれば、ミフェルから丁寧語で話されるのは若干不思議な感覚があるのだが。
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