伯爵令妹の恋は憂鬱
「リタ様もお亡くなりになられたし、この別荘はどうなるんだろうな」
馬丁が不安げにつぶやいたのを見て、トマスは目を向ける。
「どう……とは?」
「住む人間がいなければ、使用人は必要ないだろう? 伯爵様が保養で来るのなら夏の間だけ人を雇えばいい話だ。そうなりゃ俺たちは職を失うってことだよな」
「そんな風に言われているんですか?」
「いや? 今のところ噂だな。でもリタ様が住んでいた間も、フリード様はほとんどここにいらっしゃらなかった。この土地がお気に召さないんじゃないかと思ったりもしてな」
クレムラート伯爵家が持つ領土は、肥沃で農業生産に向いている。そのため民も豊かで、フリードのもとに上がってくる地代は多く、裕福だ。夏の保養のための別荘だとしても、彼らを雇い続けることは可能だろうが、フリードにここに来る気がなければ、別荘自体をつぶす可能性だってある。馬丁の言うこともわからないでもなかった。
「でも、自分の領地をないがしろにする方ではないと思いますよ」
「そうだといいけどなぁ」
馬に飼い葉を与え、水を飲ませ、体を拭いてやる。そうしてからトマスは厩舎を後にした。
戻りがてら、すでに暗くなった庭を歩いてみる。敷地は広く、庭は屋敷の床面積を同じくらいに広がっていた。
別荘地ということもあり、使用人の数は多くはない。
先ほどの馬丁は庭師まがいのこともするらしい。本職の庭師は他の屋敷と掛け持ちで週に一度しかこないので、水やりなど馬丁の仕事となるのだそうだ。
「あれ」
庭の奥のほうに光が見えた気がして、トマスは足を止めた。
「誰かいるのか?」
けれどそれには返事はない。それに、光はちかちかとしていてそんなに大きくもない。
「……何かが反射しているのかな。それか虫か……」
奥まで行って確かめようかとも思ったが、すでに足場は暗い。慣れない場所を歩き回ってケガをしては大変だ。
トマスは、注意を払いつつも屋敷の中に戻り、厳重に戸締りをした。