しあわせ食堂の異世界ご飯
5 甘くとろける魚の煮つけ
 八月の終わり、【しあわせ食堂】は街で知らない人はいないのでは? というほど、繁盛していた。
 開店前には行列ができて、人々は今か今かと店が開くのを待ちわびている。
 大忙しなのはいいことだけれど、あまり新メニューの開発や、数を増やす余裕がないのが残念だ。

 今のメニューは、カレーが500レグ、ハンバーグが700レグの二種類のみ。
 ちなみに、ハンバーグは朝にこねて焼くだけの状態にしているため、品切れになったらそこで終了だ。
 ただ、レシピはオープンにしているので自宅で作る人も増えている。

「うっし、閉店作業完了。今日もお疲れ様」
「ありがとう、カミル。お疲れ様!」

 店の外の看板をクローズにしたカミルは、「疲れたな~」と肩を回している。

 ――あれ?

 今まで忙しさでうっかりしていたけれど……アリアが働きだしてから一ヶ月弱、一日も定休日がなかったことを思い出す。
 カレーが品切れで昼過ぎに終了ということはあったけれど、一日まるっと休みだったことはない。

 観葉植物に水をあげているエマに、アリアは休みのことを確認してみる。

「エマさん、このお店は定休日とかないんですか?」
「え? ああ、特に設定してないんだよ。休む日は、表に休みの看板を置いておけばいいんだ」
「そうなんですか」

 大雑把だなあと苦笑しながら、アリアはこの機に休みを作ってみてはどうだろうかと提案する。

「毎日仕事ばかりだと大変ですし、リフレッシュすることも大切ですよ。何日営業したら休み、という方が、お客さんもわかりやすいですし」
「そうだねぇ……」
「いいじゃん、アリアの案! 採用して、明日休みにしようぜ。五日開店して、一日閉店。どうだ?」

 疲れていたから大賛成だと、カミルが両手を上げる。
 さすがに明日だと突然すぎるのではと思うアリアだが、日本が時間にうるさかっただけで、この世界は貴族でもなければそこまで時間に厳しくなくても問題はない。

 はしゃぐカミルを見て、エマも「そうしようか」と頷いている。
 ということで、あっさりと明日が定休日になりました。


 ***


 初めての定休日、アリアは朝からシャルルとカミルとともに馬で街道を駆けていた。
 目的地は、ジェーロから北西方面に馬で三十分ほどの場所にある港町。せっかく海に面するジェーロへ来たのだから、新鮮な魚が食べたい! という、アリアの希望だ。

 本当は魚料理を新メニューとして出せたらいいのだけれど、港町が遠いので仕入れをするのが難しい。そのため、今は保留だ。

 ――生魚で出して、食中毒になったりしても嫌だしね。

 そんなことになったら、【しあわせ食堂】は間違いなく潰れて再起不能になってしまうだろう。

「あ、ちょっと潮の香りがしてきたね」
「街も見えてきたし、あと少しで着きそうだな」

 わくわくしながらアリアが告げると、カミルが同意する。
 海を見たことのないシャルルは、「これが潮の香りなんですね」と少し不思議そうだ。エストレーラは内陸だったので、海に行く人は滅多にいなかったのだ。


 港町に着くと、漁師たちの声が街の入り口まで聞こえてきた。
 小さい町ということもあり、海に関する仕事をしている人たちがほとんどのようだ。露店にも、魚や珊瑚、貝殻のアクセサリー類が多く売っている。

 町の地面は白い砂になっていて、砂浜がここまできているのかとアリアは驚く。
 建物は爽やかな白が基調になっており、薄水色屋根の家が多い。潮風は涼しいけれど、日差しが強いので長居をしたら日焼けしてしまいそうだ。

「わあ、これが海なんですね。すっごく大きくて、先が見えません」
「エストレーラにはなかったから、新鮮だね」
「ですねぇ」

 シャルルがきょろきょろ見回しながら、貝を見ては珍しそうに声をあげている。
 確かにエストレーラではホタテやサザエのような貝を食べることはなかったので、見るものすべてが新鮮だろう。

「とりあえず、港に行ってみるか。そこに魚市場があるからさ」
「うん」
「楽しみっ!」

 カミルの提案に頷き、浜辺の近くで馬を預けてさっそく市場を見ることにした。


「いらっしゃい、獲ったばかりの魚だよ~!」
「塩焼きはいかがっすかー?」

 海の市場はとても活気があり、人も多い。
 大量の魚が並び、その場で捌いている人もいる。さすが漁師というだけあって、処理の仕方がとても丁寧だ。
 塩もあって、自分たちで食べる分くらいなら持ち帰っても問題ないかもしれない。

「あれっ、あれは何ですか!?」

 アリアが市場を見回していると、くいくいとシャルルに袖を引っ張られる。
 シャルルが指差した場所に目を向けると、網の上に大きなアサリを載せて焼いているところだった。
 どうやら、一つ200レグで浜焼き販売をしている屋台のようだ。

「浜焼きだね。獲れた魚や貝をその場で焼いて、売ってるんだよ。食べよう!」
「食べたいですー!」

 アリアとシャルルは一直線で浜焼き屋へ行き、何を食べようかな――なんて、悩むようなことはしなかった。

「おじさん、全部ちょうだい!」
「おお、らっしゃい。全部とは豪快だなあ、ちょっと待ってろ」

 今日は魚介を堪能しに来たのだから、全部食べなくてどうするのだ。と、アリアは思い自重なんてまったくせずにすべてを注文する。
 貝に、魚の塩焼きやお刺身もある。アリア一人で食べきるのは難しいけれど、シャルルとカミルもいるのだから問題はない。
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