しあわせ食堂の異世界ご飯
 品物を持って、アリアたちは入り江になっている岩場へとやって来た。

「海を見ながら海の幸を食べるって、いいですね」

 岩場に腰かけ、履いていたサンダルを脱いで素足の先だけを海につける。日差しが眩しいけれど、じりじりした太陽は心地いい。
 夏が終わってしまうので、こういうことができるのもあとわずかだろう。そう考えると、お店を定休日にして来ることができてよかったのかもしれない。

「アリア、買いすぎじゃないか?」
「大丈夫だよ、みんなで食べればあっという間だから。魚の塩焼きいただきっと!」
「じゃあ、私はこの貝を食べます!」

 アリアが買ったものは、塩焼きしている魚二匹、海老が一匹。それから刺身の盛り合わせを三人前と、焼いた貝を十個だ。
 美味しそうに貝を食べるシャルルを見て、アリアは目を瞬かせる。

「シャルルは貝じゃなくて海老を食べるかと思ったのに」
「だってそれ、エビフライじゃないですもん」
「ああ、シャルルは海老っていうよりエビフライが好きだったのね」

 なるほどとアリアは頷いて、それなら海老も買って帰ればいいかと思う。そうすれば、帰ってから作ることができる。

「エビフライって、なんだ?」
「え? あ、そうか。エマさんに振舞ったときは、カミルいなかったもんね」
「ああ、母さんが食べたって自慢してた美味い料理か」

 カミルの言い方に、アリアは思わず笑ってしまう。
 加えて、シャルルの大好物だということも伝える。すると、「俺はカレーだな」とカミルの好きなメニューを教えてもらう。

「カレー、気に入ってもらえてよかった。魚介を入れて、シーフードカレーにしても美味しいんだよ」
「え、カレーってそんなこともできるのか? アリアはすごいな」

 考えたのは私ではない――とは、言えないが。
 この世界は調理方法や料理の種類が少ない。その上、アレンジするということもほとんどないため、同じような料理が多いのだ。

 今アリアの持っている魚だって、塩をふって焼いただけだ。
 ぱくりと一口食べると、魚の皮がパリっとしていて中はふっくら焼けている。身には魚の旨味が詰まっていてとても美味しいけれど、塩焼きと刺身しか売っていないのはいただけない。

「煮つけが食べたいなぁ」
「なんだ、それ?」
「魚を甘く煮た料理でね、美味しいんだ。魚を買って帰って、今日の夜にでも作ろうかな」

 もしかしたら港町の飲食店にあるかもしれないけれど、さすがに今買ったものを全部食べたらお腹いっぱいになって入らない。
 食堂で夜ご飯に作るくらいが、ちょうどいいだろう。

「今日の夕飯も楽しみだな」
「エビフライもお願いします!」
「もちろん。二人とも、期待しててくれていいよ!」

 残った魚の塩焼きにかぶりついて、お刺身と貝も堪能する。どれも美味しいけれど、食材の味をそのまま生かす方向の調理だ。
 特にタレを使っているわけでもなく、焼いた貝も醤油が一滴たらしてあるくらいだった。

 ――まあ、美味しいことに変わりはないんだけどね。

 ぺろっと全部平らげて、アリアは大きく息をはいてその場に寝転がる。
 このまま日光浴をしたら、きっと気持ちいいだろう。

「あっ! 駄目ですよ、こんなところに寝たら! もし日焼けしたら、私がソフィア様に叱られちゃいます!!」
「まさかシャルルに日焼けを注意されるとは思わなかった……」

 アリアはしぶしぶ体を起こし、立ち上がる。

「じゃあ、魚を買って暗くなる前に帰ろうか」
「そうだな」

 続いてカミルとシャルルも立ち上がり、入り江から街へ向かった。


 市場で魚を数匹買って、馬に乗り港町からジェーロへと戻る。
 馬で運ぶため、あまり大きな魚は買っていない。せいぜい鯛が数匹と、小魚に貝類だ。やはり食堂でメニューにするとなると、運送費も大変そうだとアリアは思う。

 ジェーロに入るための城壁を越えたところで、後ろから不意に声をかけられた。

「すみません、あの……っ」
「え? あ、門番さんじゃないですか」

 そこにいたのは、王城の城門で門番をしていた兵士だ。
 どうやらアリアとシャルルに何か用事があるようで、ここで待っていたらしい。

 アリアは馬上からで申し訳ないと謝罪してから、何かあったのか門番へ尋ねる。

「いいえ、何かあったというわけではありません。その、ファンクナー公爵にお二人のお二人の様子を見てくるように言われまして……」
「ああ、そういうことね」

 ファンクナー侯爵は、アリアたちが王城で挨拶をした政務大臣だ。
 門番はカミルがいるため、アリアたちにだけ聞こえるように小さな声で話す。

「アリア様がエストレーラの王女であることを知っている方は……」
「安心して、誰にも言っていないわ」
「そうでしたか、よかったです。もし身分を知られていたら、無理やりでも連れ帰るように言われていたもので……」

 やはり他国から預かっている大事な姫なので、少しでも危険な場所にはいてほしくないという考えのようだ。

「大丈夫よ。ジェーロへ来る道中は恐ろしい噂をいろいろ聞いたけれど、ここへ来てから皇帝陛下の悪い噂話はまったく聞かないもの」

 それどころか、良い噂を聞くことがある。
 しあわせ食堂で働くようになってわかったのだが、高いと噂されていた税金は安く、過ごしやすい。物流の面でまだ不安はあるけれど、どこかの村が焼かれたとか臣下が殺されたとか、そういった話は一切聞かない。

 アリアがそう伝えると、門番は「当たり前でございます」と言う。

「皇帝陛下はまだ十七歳です。ときには、そういった噂話も必要なのですよ」
「まあ……そうだったの」

 門番の言葉を聞き、目から鱗だ。
 ということはつまり、ジェーロの皇帝であるリベルト・ジェーロは近隣諸国へ冷酷無比に見えるよう振舞っているということだ。
 もちろんアリアは実際会ったことがないから、それが本当だと断言することはできないけれど。

 ――でも、妃がいらないのはどうしてだろう?

 自分の地位を確かなものにするには、妃と後ろ盾はあった方がいいだろう。エストレーラは小国だが、ジェーロと同規模の大国からも妃候補が来ているはずだ。

 その点は不思議に思いながら、アリアは現状不便がないことを門番に伝える。

「今、エストレーラに手紙を送って返事を待っています。そろそろ向こうに着くと思いますので、返事はまだ一ヶ月以上かかるかしら。そのとき、またフォンクナー侯爵にお話させていただきますね」
「かしこまりました。その際は、王城へ遣いを寄こしてください」
「ええ」

 門番との話は問題なく終わり、アリアは少し離れたところで待っていてくれたカミルの下へ戻る。

「アリア! 大丈夫だったのか? 普通は門番に声をかけられたりしないから、何かあったのかと思った」
「ああ……。ジェーロに来てすぐ、あの人に市場の場所を聞いたの。こっちの暮らしに馴染めているか、心配で声をかけてくれたみたい」
「そうだったのか」

 アリアの言葉を聞いて、カミルはほっとした。
 もし何か厄介な事件に巻き込まれていたらと、心配してくれたのだ。

「んじゃ、家に帰るか」
「うん」
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