しあわせ食堂の異世界ご飯
1 大きな栗のほくほく炊き込みご飯
 季節はゆるやかに流れて、十月になった。
 秋の日差しは心地いいけれど、ときおり吹く風はどこか寒さも含んでいる。エストレーラ王国とは違い、雪の降るジェーロ帝国は冬がくるのも早そうだ。
 首都であるジェーロの街は朝から活気があり、不足していた流通も今では従来通りになった。これも、この国を治める皇帝の腕だろう。

「ふふん、ふ~ん」

 そんな街中、『しあわせ食堂』の前でひとりの少女が楽しそうに掃除をしながら鼻歌を口ずさんでいる。

 彼女はアリア・エストレーラ。
 リボンを絡めるように結んだ深い茜色の髪に、ピンク色がかった蜂蜜色の瞳。
 服装は、花とリボンの装飾がついている、白色のストライプが入った水色のワンピース。その上からは清潔な白色のエプロンを着ている。
 ここよりも南にある国から、ジェーロ帝国の皇帝、リベルトの妃候補のひとりとしてやってきたエストレーラ王国の第二王女だ。
 けれど、妃は必要ないと帝国側に一蹴されてしまう。
 今後について国王である父の判断を待つ必要があったアリアは、その間は王城で暮らさず街で暮らすことにした。
 そのときに偶然出会ったのが、しあわせ食堂の店主だった。

 そしてもうひとつ、誰にも告げていない秘密がある。それは、アリアが元日本人で、この異世界に転生した人間だということ。
 前世は実家の定食屋を手伝っていたため、料理の腕はもちろんだが、この世界にない日本料理を作ることのできる唯一の料理人なのだ。

 掃除も終わり、開店まで店内でのんびりしようかな? なんてアリアが考えていると、ふいに声をかけられた。

「おはようございます、姫様」
「あっ、門番さん! おはようございます」

 アリアに声をかけてきたのは、王城で門番の仕事をしている兵士だった。まだ二十代前半で、少し癖のついた髪が特徴的な男性だ。
 この国に来てすぐ、まだ地理に詳しくないときに市場の場所を教えてもらったのだ。
 それ以降は、王城の大臣との連絡役などもしてくれている。アリアがエストレーラの王女だということを知っている、数少ない人物だ。

「何かありましたか?」
「いいえ。自分、今日は休みなんです」
「そういえば、私服ですね」

 門番は兵士の制服ではなく、ラフな服に身を包んでいた。大臣からの連絡があったわけではないようで、それならどうしたのだろうとアリアは首を傾げる。
 個人的な用事で……というのは、考えにくい。

「実は、大人気のしあわせ食堂のご飯が食べたくて来ました」
「食事に?」
「はい。本当はずっと来たかったんですが、なかなか時間が合わなかったりしたものでして……」
「そうだったのね」

 やっと来られましたと言う門番を、アリアは笑顔で迎え入れる。しあわせ食堂の食事を楽しみに来てくれるのならば、大歓迎だ。
 兵士という職業なので、朝が早かったり夜番だったり、時間を作るのが大変なのだろう。
 ただ、せっかく来てもらったのに申し訳ないことがひとつ。

「でも、まだ開店してないんです」
「あ、知っています。どうしても噂のハンバーグが食べたくて、並ぶために早く来たんです。開店後、すぐに売り切れてしまうと聞いたもので」
「確かにお昼まで残ることはないですね……」

 話を聞き、それならと普段列ができる場所へ門番を促す。今日はまだ誰も並んでいないが、毎日開店前に行列ができているのだ。
 今は開店の一時間前なので、あと三十分もすれば列ができるだろう。
 門番が開店待ちの列に並ぶと、「アリア」と呼ぶ声が聞こえた。振り返ると、やってきたのはリントとローレンツだった。こんな時間に来るなんて、珍しい。

(いつもはお昼か、閉店間際が多いのに)

 朝に来たのは初めてだろう。しかも、開店前だ。

「おはようございます。リントさん、ローレンツさん」
「ああ、おはよう」
「おはようございます」

 アリアが挨拶をすると、リントと一緒に来たローレンツも挨拶を返してくれる。

「おふたりがこの時間に来るのは、初めてですね」
「すぐに売り切れるハンバーグを食べようと思ってな」
「そうだったんですか」

 理由を聞くと、リントも門番と同じでハンバーグが目当てだということを教えてくれた。前に来てくれたときは、売り切れた後だったのだ。
 とはいえ、お店はまだ開店前。
 リントにも並んでもらうことになるのだけれど――いいのかなと、アリアは戸惑う。

(並ばせていい人じゃないよね……)

 実はこのリントという名前は偽名で、その正体はこの国の皇帝なのだ。
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